1.
現代まで続く家ね。 女系・傍系で何とか血統を維持してる大名
2.
柳沢保承→佐久子→保徳
3.
保徳の父親は誰?佐久子は兄弟姉妹いる?
4.
ヨーロッパじゃあよくある事だけど、アジアでは珍しいよね
5.
日向国延岡藩主内藤家(子爵)
政道(終戦時の当主)─久邦(政道の娘婿)─省紀(久邦の娘婿)
因みに省紀氏の子供も娘が二人です。
柳沢保徳の実父は島津斉徳です、斉徳は島津忠重(鹿児島藩主家)の4男で
柳沢保承の婿養子になりますが後に島津家へ復籍してます。
柳沢保承の子供は四人の娘のみで男子はいません。
6.
有名どころでは尾張徳川。
義知=義宣(女婿)―義崇
傍系から続いてる例で思いつくのは、マイナーだが丹南藩の高木家。
分家の旗本が奇跡的なまでに実子相続を続けていて、幕末にそこから養子をもってきた。
その後女系をからめて現在に至る。
http:/
7.
おなじみでしょうが、現徳川宗家。
家正ー豊子ー恒孝
8.
>>7
まあそこは男系でもつながってるから。
9.
相良とか阿蘇
10.
熊本高瀬(新田)藩が何とかガラシャの血脈保ってると思ったら、最後の利文が養子なんだよね・・・。
この人の素性分かりますか?
11.
上杉家なんかは女系で繋がってる家から養子貰いまくり。
初代景勝は謙信の姉の子、5代綱憲は3代定勝の娘の子、
10代治憲(鷹山)は5代綱憲の娘の娘の子。
12.
現在の毛利家は隆元、元春、隆景いずれの子孫でもなく(女系では繋がるかもしれんが)、
元就の四男元清の男系子孫。元就の子の中でもマイナーめな元清の子孫とは言え、
元就の男系を死守。
13.
>>12
嘘つくな
隆元の子孫だろ
隆元―輝元―就隆―元次―広豊―就馴―広鎮―元徳―元昭―元道―元敬
14.
小早川は確実に女系
15.
>>11
それでも現当主上杉邦憲氏は上杉景勝の直系の子孫で、一度だけ(「5代綱憲は3代定勝の娘の子」のところ)女系で繋がっている。
16.
上杉本家は上記の通りだが、不思議なのは米沢新田藩主家(支侯)。
代々上杉本家から養子を貰っているのだが、
http:/
にある上杉孝久氏の父粕谷信吾氏とは一体何者?
果たして上杉家と血縁はあるのか??
17.
女系はともかく傍系ってどのあたりから?
極端に言えば兄弟相続だって傍系だし。
初代の兄弟や従兄弟或いはそれ以上離れた系統に移れば傍系?
初代の子孫でも相当先代と離れていれば傍系?
その場合どの程度?
ってあたりがすごく気になるんですけど。
18.
どうでもいいよ
19.
>>1ですが、藩祖の血が少しでも入ってればOK。
20.
上杉は景勝の子孫と言うより吉良上野介の子孫。
21.
以下書き込み禁止
===============終了===============
22.
統一教会系の世界日報が女系天皇を絶賛 日本語版では反対
http:/
23.
福井松平家も戦前女系傍系でつないでる
当主の長男が戦死したためその長女と田安徳川宗紀を婿養子に迎えた
24.
まあ、あそこは江戸後期以来、支藩から茂昭が入るまでは、ずっと吉宗系だったし・・・
幕末の名君松平春嶽だって田安家の出身だ。
25.
チャンネル 桜 からの情報。
総理大臣の私的諮問機関の有識者会議は、”私的”ではない。
内閣府の担当官に取材をして明らかになったのは、この諮問機関は、
総理大臣の諮問機関。予算も官房から出ている。
しかも、驚くことに小泉総理大臣もほとんど出席していたということがわかった。
女性天皇容認への答申は、明らかに小泉総理大臣の”意思”だ。
有識者会議の人選はどういう基準があるのかと尋ねたら、担当官もわからないと。
小泉総理が自ら選んだのだ。
26.
ぶっちゃけ、母方の血筋も馬鹿に出来ない。
豊臣秀頼が田舎サムライの女から生まれてきたのなら
家康は躍起になって血を根絶やしにはしなかったろう。
自分の孫の家光と同等の織田一門の血を引いていた貴種であったから
殲滅する必要性があったんだろうな。
27.
>>12,13
その辺の事情を整理すると、
輝元に実子が生まれず、黒田官兵衛の陰謀で後の小早川秀秋を養子に
押し付けられそうになったが、小早川隆景の機転で保井田元清の息子(秀元)を宗家の嫡子に当て、
秀秋は自分の養子に迎え入れた。
しかし、その後輝元に実子が生まれ(秀就)こちらが宗家を継ぎ、秀元は支藩の長府藩祖になった。
そのせいかどうか、初期には長府藩と萩藩は調和を欠き、長府藩の独立運動を秀元が画策し、
それを萩藩の江戸留守居役が幕閣要職の間を走り回って阻止するなどの攻防があった。
詳しくは山本博文の本がオススメ。
28.
と思ったら、最後の藩主が徳山藩からの養子だった。
こっちは輝元の次男の家系。
萩藩は結構複雑で、要約すると
輝元長男系→保井田元清系→輝元次男系に交代してる。
29.
, ..-‐−- 、、
,ィ":::::::::::::::::::;;;;;:ii>;,、
/
i::::::::::::;:"~ ̄ ::i||li
|:::::::::j'_,.ィ^' ‐、 _,,. ::iii》
|:::i´` `‐-‐"^{" `リ"
ヾ;Y ,.,li`~~i 素晴らしい。600年もの間男系男子の帰り待っていたのだ。
`i、 ・=
| ヽ '' .:/
| ` ‐- 、、ノ 君は天皇家の正当な皇位継承者、○子内親王(女王)だ。
http:/
http:/
30.
sage
31.
保守
32.
>>25
それが?
33.
木下家は高台院の実家だったが、あれはこのスレではセーフか?
34.
徳川恒孝が女系
ただし父方は会津松平家だけど
35.
こいつは、そいつの血を引いているから殲滅するとか、
そういう歴史は世界中にあったんでしょうか?
36.
スレからちと外れるけど、
大名クラスで生涯一夫一婦を貫いた人っているの?
37.
黒澤明の名作「隠し砦の三悪人」を見たが
あんな風に生き残りの姫でお家再興させようとした例があるのか?
38.
「あんな風」ではないけれど
柴田勝家に仕えていた佐久間家は生き残りの姫から家を再興しましたな
39.
男系天皇制は諸悪の根源!!!!!!!!!!!!!
男系天皇制は諸悪の根源!!!!!!!!!!!!!
男系天皇制は諸悪の根源!!!!!!!!!!!!!
男系天皇制は諸悪の根源!!!!!!!!!!!!!
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男系天皇制は諸悪の根源!!!!!!!!!!!!!
40.
>35
中国の魏晋南北朝期に山ほど有ったかと。
同じ王朝の親戚でも新帝が即位したとたん先帝の縁者を殺しまくった歴史が山ほど。
41.
生き残りの姫からの再興と言えば喜連川足利家じゃないですかね。一応大名格だし。
42.
【 朝まで生テレビ! 】 ■ 2月のテーマ
激論”天皇” ▽”在り方””未来”に今こそ迫る
http:/
パネリスト:
山本 一太 (自民党・参議院議員)
小宮山 洋子(民主党・衆議院議員)
小沢 遼子(評論家)
小池晃(日本共産党・参議院議員)
小林 節(慶應大学教授)
清水 建宇(朝日新聞社編集委員)
鈴木 邦男(一水会顧問)
高橋 紘 (静岡福祉大学教授)
高森 明勅(拓殖大学客員教授)
中丸 薫(国際政治評論家)
宮崎 哲弥(評論家)
八木 秀次(高崎経済大学助教授)
■激論!天皇 ご意見下さい
Q1)女系天皇を認めることについてどうお考えですか?※
Q2)あなたにとっての「天皇」とはなんですか?※
https:/
実況板 番組ch(朝日) http:/
朝まで生テレビ「激論!天皇」
http:/
朝まで生テレビ 激論!天皇 01:20〜
http:/
朝まで生テレビ!激論!天皇
http:/
本スレ 朝まで生テレビ 真剣にみてる奴は馬鹿
http:/
43.
子孫を残すとか残さないとか、滅ぼすとか滅ぼさないとか
そういう政治的問題や陰謀はやめてほしい
子孫がかわいそうじゃないか
昔の日本は特にそういうのがたくさんあったよな。
44.
蜂須賀家は女系を含めても血統が途絶えたの?
45.
ナルくん→愛子→○仁
46.
>>45
そこいらに腐るほどある大名家なら女系だろうが血縁が
なかろうが構わんが、皇室だけはそれは勘弁。だいたい、
他に男系がうじゃうじゃいるだろうが。
47.
大友宋麟の子孫はいますか?
48.
>>47
書き込むスレが違うような気がするが・・・
わざとこのスレに書き込んだのならそんなカキコする必要もないほど知ってる奴の釣りだなw
大友氏自体は高家になって残っていて江戸時代終わりまで無事存続はしている。
但し略系図しか見たことがないので、血統的につながっているかどうかは寡聞にして知らず。
それと「宋麟」じゃなくて「宗麟」
49.
一個忘れた
>>47
マルチ禁止
50.
>48、>49
ごめん、どうもありがとう(^^”)
51.
明智光秀の子孫はいますか?
52.
ナルくん→愛子→○仁
53.
>51
細川護煕
54.
アイコの子供は「勇気」とか「翔」とか、そんな今風の名前になるだろ。
旦那の名字つきでw
55.
護煕は違うだろ
56.
>>55
護煕は妾の子孫。政治評論家だった隆一郎が本来の本家筋
57.
江戸260年、肥後藩主だった歴史の前にはそんな主張も空しいなw
58.
>>57
>>51 >>53 >>55 >>56
59.
いや、光秀の子孫が誰とかいうことに対してじゃなくて、
妾の子孫とか本来の本家筋とか言ってることへのレスなんだが。
60.
>>59
だから、藩主家は妾の子孫、玉の子孫は隆一郎の家
61.
お玉
62.
uho
63.
つまりは、普通に考えたら本家を継いだ人を嫡流というと思うのだが
別の見方をすれば、本家を継いだのは妾の子で、正妻の子が傍流になったと。
さて問題です。どっちが本流なの?って話だよね。
本流、嫡流、正当、、これらの言葉のニュアンス、解釈によって変わると思うけど
俺の意見では、やっぱり家を継いだ方が本家だから、護煕が本家でFA
64.
つーか護煕は母の父近衛さんにそっくりじゃん
隆一郎氏も「ありゃウチの血じゃねえな」と言ってたし
65.
>>63
毛利も矢の勘定にも数えられない虫の子の秀元の子孫が藩主家を継いで。
秀就の子孫は分家だったんだが、幕末に秀就の子孫に藩主を譲った。
前田も藩主家は松の子孫じゃないわな。松の子孫は家老。
そういうのって他もあるんじゃないかな。
66.
近衛家に関して言えば、天皇家から養子に入るのと細川家から養子に入るのじゃ
ステータスが違うわな
67.
しかも京兆家じゃないしなぁ
68.
保守
69.
ナルくん→愛子→○仁
70.
近衛家は何で秀麿じゃなく忠輝を後継者にしたんだろ
天皇男系>>>細川男系だろ
71.
上杉は謙信が継いだ時点で終わってるんだけどね。
72.
>>70
近衛は大名ではありません。
73.
>>70
公家も「人間」だからだろ
好き嫌いや人間関係が大きく働くんだよ
そんなもんちょっと歴史勉強してたら分かるだろ
そこまで徹底したリアリズムだったら万世一系の家柄なんて腐るほどあったと思うよ
74.
まぁ、所詮人ん家の勝手だからな
75.
>65
松の子孫は男系はいないだろう。
利長は子供男子なしで死んでいるわけだし。
76.
まつの次男・利政の子孫が前田土佐守家として存続してるが。
77.
>>71
山内上杉家は藤原不比等の子孫だよね。
謙信も、
藤原不比等→(南家)武智麿→巨勢麿→貞嗣→高仁→保蔭→道明→尹文→(山
井)永頼→能通→実範→季綱→友実→能兼→(高倉)範季→範茂→範房→模世→
女(平高望妻)→平良文→忠通→(鎌倉)景成→景政→景次→(長尾)景行→定景
→景茂→景能→定時→景廉→高景→景房→頼景→重景→能景→為景→景虎(政
虎,輝虎,謙信)
となり、藤原不比等の女系子孫。
更には、この系図に拠れば景勝も藤原不比等の女系子孫になるので、上杉家は現在に至るまで女系で続いています。ただ、分かれたのが「上杉」苗字の人物ではなくて不比等だから、屁理屈に近いですがw
78.
大村家は?
79.
>1
上杉家がそうだ。
そもそも謙信の次の景勝じたいが、謙信の姉の息子かなんかだからすでに女系。
さらに赤穂浪士のときも娘婿の吉良を養子にしているわけだし。
80.
>>79
わずか78のレスも読めないのか?
81.
>>78
大村って、長崎のあの大村?
初っぱなから旗本・伊丹氏から養子が入っていきなり血統的には切れたような怪しげな記憶
82.
佐竹氏
男が生まれないので
上杉から養子を迎え、娘と娶わせた
一応血は繋がってる
83.
佐竹家の現在の当主は大給家の養子になった尾張家の三男と朝香宮の娘との間に生まれたのでは?
84.
他には?
85.
うちは山内上杉の傍流の子孫。
江戸期は小身ですけど旗本でした。
どうでもよかったですね。はい、本当にどうもありがとうございました。
86.
上杉姓なの?
87.
おうよ
88.
そうか
89.
うんこ
90.
>>60
どうして立場が逆転したんだ?
91.
隆一郎の先祖(忠興の長男・忠隆)が忠興に勘当されてしまったから。
勘当の理由は
「忠隆の嫁は玉と一緒の屋敷にいたにもかかわらず自害しなかった
姑に従わない嫁なんて離縁してやる」
と忠興が逆切れしたとき、忠隆が嫁をかばったため
・・・とされる
実際の所は忠隆の嫁が前田利家の娘だったため
徳川家康に忠誠のポーズをとるために忠興が離縁させたらしい。
それに忠隆が抵抗したので、更に家康に忠誠をアピールするため忠隆を廃嫡し、勘当した。
92.
肥後細川家なるものは邪道にすぎん
京兆家こそが正当なる細川家だ
93.
藤孝が足利義晴の私生児ってのは事実なのかな
モリヒロのDNA調べればわかるかな
94.
>>93
マジレスすると
肝心の足利氏直系(喜連川じゃなくて、義昭の系統)が既に断絶、調べる手段がないのでわ
95.
>>94
平島公方家を調べれば分かるだろが
96.
>>95
平島公方家は義晴の系統じゃないでしょ
http:/
97.
本物のコノエはモリヒロの弟ではなく、俳優の東隆明氏。
70年代に仮面ライダーやウルトラマンレオなどのゲストで出演していた。
98.
まあ旧華族とはいえ今は庶民だから家督相続は自由だが
男系がいながら女系をとるのはなんか惜しいな
99.
浅井
100.
ナショナルの松下家も女系だよね
101.
スレタイ嫁
大名だ
102.
>>98
近衞家のことを言ってるの?
103.
近衛文隆の後継は男系の弟の通隆がいるのになんで女系の甥の忠輝が選ばれたの?
104.
>>103
娘は可愛い、その娘の産んだ男孫も可愛い・・・なんていう単純な理由だったりして。
高貴な血筋であっても、そういう感覚は庶民と変わらないかも。
105.
単に出来の良し悪し、もしくは通隆が健康じゃなかったとかかな
106.
>>94
義輝や義昭の子孫といわれる家がいつくかあったような
本当かどうか眉唾物だし、現代まで残ってるかどうか確認のしようがないからあれだけど・・・
107.
>>103
庶子もいるんだけどね。どうせ実子がいるならそっちを選べばいいのにと思う。
確か道隆には子供はいなかったような。だから弟を継嗣にしても結局また断絶になるから
若年の女系の甥を選んだのかと。
ちなみにその人が養子入りしたとき文隆はすでに逝去していて夫人だけ残っていた。
義理の叔母と養子縁組ってわけだな。
108.
モリサダ君の陰謀の匂いw
109.
>>108
かもね。
モリサダ氏は近衛つながりで野口整体とも関係していたし
110.
>>82
それ戦国時代の話ね。それがなければ歴とした男系男子として今でも皇位継承権が、、、、あるわけないか。
111.
前田利春の長男利久(利家は四男)は子がなかったので養女(三男安勝の娘)の夫滝川慶二郎(後の前田利益)を養子に迎え跡継ぎにしようとした。
これが実現し、さらにその子が継いでいたら女系で前田家が継がれていたにちがいない。しかし、信長がこれに反対し、利家が継いだため実現せず。
112.
旧皇族では確か山階宮から分家した同じ名前の山階侯爵家は子供がなくて
妹の息子を養子にとったらしい。しかも1度は離籍して当主がなくなる3日前に復籍だって。
伏見伯爵家(旧伏見宮家現当主の叔父が創設した家)は男子がなく女子のみのまま当主が戦死して
三女だったかな、婿養子をとった。以前に華頂家から養子を迎えたことがあったが離籍して娘に継がせたという。
113.
前の方に、肥後細川家の嫡流は細川隆一郎の家系(忠興長男の忠隆の子孫)のほうだって話があったので、エピソードをひとつ
正月かなんかで肥後細川氏の一族が集まったとき、細川隆元(隆一郎の伯父)が酔っ払って、
上座にいた細川護貞に向かって、「本当なら、俺がそこに座るはずだったのに」みたいなことを言い出した。(からみ酒ですな)
それに対して 護貞はあわてずに「おお、ご本家どうもすみません。ささ、こちらに」みたいなことを言ってうまく切り返したので
隆元は何も言えなくなったとか。
護貞氏は、結構しゃれっ気があった人みたいで、この手のエピソードがいくつかありますね。
114.
伏見伯爵家は華頂伯爵の次男を離縁したあと後妻の子である四女が平民(?)と結婚してあとをつぐのだがその次男は母の母の母の実家の毛利子爵家(元就の子孫ではない)を継いだ
ちなみに文麿夫人は毛利子爵家を継いだ方の曾祖母の姉妹(どっちが姉だがわからないが)
115.
>>111
つまり系図に表すと・・・
前田利春
|______
| | |
利家 安勝 利久
| || ||
| || 前田利益←
| || ↑
女→ 養女=滝川慶二郎
こういう事か。
116.
隆景を娘の婿にさせ女系で命脈を保とうとしたもののついに子がなく秀吉の妻北政所の甥秀秋を養子にしたが秀秋にも子がなく子に恵まれないうちに潰された小早川は哀れ
117.
小早川は復活したよ。
118.
>>115
前田利益の立ち位置が数字板で喜ばれそうに見えるから困る
119.
>>118
アッー
120.
江戸時代 元小早川家後継者の吉敷毛利家が祭祀。
明治時代 毛利輝元の子孫の本家(っても幕末に秀元系から大政奉還)が小早川を再興。
血は秀元の親の穂井田元清と吉敷毛利家の祖の小早川秀包の兄弟の母親が小早川の分家の出。
秀元系と輝元系は江戸期に交配してるんじゃないの?と思うが知らん。
121.
毛利家は内部ですごい交代の仕方してるな
毛利元就−隆元−輝元−?@秀就−?A綱広−?B吉就−?C吉広
毛利元就−穂井田元清−毛利秀元−光広−綱元−?D吉元−?E宗広
毛利秀元−元知−匡広−?F重就−?G治親−?H斉房−?I斉熙
?F毛利重就−親著−?J斉元
?I毛利斉熙−?K斉広
?J毛利斉元−?L敬親
毛利輝元−就隆−元次−広豊−就馴−広鎮−?M元徳
元徳の子に公爵毛利元昭の他
男爵小早川三郎・男爵毛利元良・子爵大村徳敏・公爵西園寺八郎
ポイントは元次が就隆70歳の子という点かな
122.
>>116
隆景と秀秋は無縁だった。
小早川と吉川は元就の乗っ取りで親類になったが関ヶ原での行動が正反対だね
秀秋 裏切り
広家 動かず
123.
>>122
秀秋と広家は無縁だろ
それに広家の従兄輝元も動かなかったな それが原因で毛利吉川減封 秀秋は跡継ぎ無しで断絶。毛利が再興するまで空白となる
124.
家康の次男秀康の結城家も確か女系だか傍系じゃなかったっけ。
125.
>>121
なんと複雑なw
そもそも元就も兄・興元が健在だったら
毛利宗家を継げなかったんだよなぁ
126.
>>121
複雑とはいえ大江広元の血にはこだわっていたみたいだよな。
127.
きちんとした御家人の家柄出身は土岐、細川、伊達、南部、相馬
小笠原、田村、秋田、佐竹、岩城、朽木、京極、毛利、立花、秋月、
島津、こんなもんだぞ。
128.
朽木は江戸時代大名を取りつぶされてから
分家が旗本として頑張って再び大名に取り立てられたのが凄い
129.
>>127
飢え過ぎ貼る海苔の出自は秋月
130.
浅井長政の血は家光と千姫によって受け継がれた
織田信秀
___|__
| |
浅井長政=お市 信長
|
徳川秀忠=お江与
__|__
| |
家光 千姫=本多忠刻
__ __| |
| | | 勝姫=池田光政
綱吉綱重 家綱 |
| 綱政
家宣 ・
| ・
家継 ・
政保
家光の血統は家継で絶えたが千姫の血統は池田に継がれて明治まで続く。
つまり浅井長政の血統は明治まで続いたことになる
131.
浅井の家名が断絶してる以上、何の意味もない。
132.
家光の血統って女系経由とかでも完全に絶えてるんだっけ?
133.
>>132
千代姫の血統(尾張藩)も水戸徳川に乗っ取られている
ただ千代姫とその子息の綱誠は子沢山だったので更に女系をたどると可能性がわずかに残されている鴨
134.
初めから女系なのは、新田一門を称した岩松家くらいか。
(江戸時代に男系でも新田一門と化して現在に至るが)
135.
>>127
土岐、細川、佐竹は清和源氏
京極は宇多源氏
伊達は藤原氏
毛利は大江氏
136.
貞明皇后は千代姫の子孫
137.
上流社会は血縁結婚だらけだからな
かならずどっかで繋がってる
138.
あげ
139.
北条の血も足利に流れている
140.
毛利は大江というけど、これは社会的に大江ということ。
血統(父系一系)でみたら
毛利は藤原道長の六男・長家の後胤。
大江広元の父親は、藤原光能。
毛利家の実系系図(父系での系図)
↓
http:/
http:/
141.
>>139
それどころか義氏から頼氏まですべて北条氏が母
142.
>>140
毛利といえば、三本の矢を思い出すけど
結局、毛利の血統って
長男の隆元と四男の元清の後胤しか残らなかったのか?
吉川元春の後胤なんて、残ってないのか?
三男の吉川広家以外に、次男の元氏(阿川毛利家)の後胤なんて
いそうなんだけど、どうなんだろうか?
143.
>>142
木戸孝允こと桂孝允は元就の七男・元政の子孫で、
歌手の吉川晃司は元春の子孫とのこと。
144.
>>143
その子孫というのも
父系で繋がっているかどうかは分からんな。
145.
>>141
義詮と基氏も母は北条氏の赤橋登子
146.
元スペースシャトル搭乗員の毛利衛氏は元就の子孫?
147.
名字が一緒だから子孫って厨な考えはやめようや。
吉川晃司が吉川元春の子孫って話もネット上の噂だろ。確実なソース出せよ。
どうせ、誰かの妄想がネットで一人歩きしてるだけだろ。
148.
>>147
確か本人が元春の子孫と公言していたはず。
まあ嘘っぽいけど
149.
>>147
吉川晃司は昔たぶんベストテンだったと思うけどでそういう話(吉川元春の子孫)を司会者側がしていましたよ。
江戸時代以降に没落した家でもないから系図類が残っていると思うし、かなり信憑性はあると思うけど。
150.
少なくとも岩国藩主の吉川家ではないな。
家臣になった家の可能性もあるが、自称子孫の可能性も否定できない。
151.
吉川晃司の出身地は広島県府中町で、
奇しくも元広島カープの「小早川」毅彦も同郷
152.
じゃあ、江戸時代は岩国藩士でも長州藩士でもないじゃんw
芸州の百姓だろw
153.
スケーターの織田信成の場合は信長の末裔で間違いなし?
154.
>>153
たぶんそうだと思うが不明
信長の7男信高の家系を称していて、この家の幕末の当主は確かに信長の男系子孫だが、
それ以降は市販されてる系図には載っていないため調べようがない
155.
信成父を見たけどダンプの運ちゃんというか3昔前の演歌歌手というか
名古屋のおばちゃん相手のホストクラブにいそうというか
あのドスのきいたパンチ頭の風貌を見た後では仮冒としかいいようが・・・
それに作家の織田の子孫もあのスケーターは何者ですかって言ってたしなあ
156.
>>155
作家の織田?長益の子孫の織田一磨のことか?
157.
織田作之助
158.
>>156
柏原藩主の直系の織田信孝氏
ペンネームは織田孝一、文筆業。
以前日本史板に降臨した人
159.
確かニセ宗家が出てきた時だっけか。
160.
岡山と鳥取の池田家は跡継ぎどうするのだろうか
というか岡山の隆政氏と鳥取の百合子氏には兄弟(女性含む)はいるの?
161.
鳥取の方は百合子氏で断絶決定
百合子氏は養子を取る予定もなく、お墓も鳥取のさるお寺に永代供養墓を作って東京から移している。
http:/
岡山の方は、親戚から養子を迎えるという話を聞いたことがあるが
こっちはあやふや情報なので話半分にきいといてくれw
162.
リンク追加
http:/
163.
真田氏の現当主は信之と血の繋がりは全くないわけ?
164.
まったく有りません。真田家の男系の血筋は、六代藩主幸弘の代で絶えています。次の藩主幸専(井伊直幸の四男)は幸弘の娘と結婚していますが、子供がいなかったので、血筋も絶えました。
165.
>>164
家臣に養子・・・数代後 家臣の娘を側室 とかもなかったの?
166.
>>164
今の真田の当主は伊達宗城の子孫ってことでいいのかな。
ということは伊達政宗の男系子孫だね。
伊達宗城は旗本山口家からの養子だけど、もともと伊達から養子が入った家だし。
167.
でも家臣筋で本当の真田がいるんじゃないの?
168.
真田桜山とかどうなんだろ?
169.
>146
毛利元就の直系子孫である可能性は限りなく低いと思うが、
毛利姓自体はかなり珍しい姓であるのは確かで、
ほぼ大江広元の子孫の一族に限られる。
明治になって名字を名乗るときに、地主に名字が与えられた小作とかではなく、
(地主が小作に「家族みたいなもんだから」と配下の小作に同じ名字を
名乗らせた例は多い)
江戸時代以前から名乗っているなら毛利元就の遠い傍系一族の可能性はある。
170.
廃嫡された真田信就を先祖とする真田勘解由家が現存しているから
そちらが本当の本家だと思うけど
いかが
171.
>>170
早い段階で小堀遠州の血統になってたような。
172.
知り合いに鹿児島出身の毛利さんっていたけど
本当は森だと言ってたよ
先祖は薩摩藩の森を管理する役職だったと
173.
>>171
真田信之家に小堀遠州の血脈が入っているというのは初めて聞いたのですが、ソースをご提示いただけないでしょうか?
174.
ウースターでいい?
175.
真田と小堀の関係て
お城近くの真田邸の庭園が小堀流て程度だろ
176.
>>169
「毛利」姓は森姓の人があやかって「毛利」に改姓した例も多いし、
大江家以外にも相模国毛利庄を領して「毛利」を名乗った例もあるから、
なんとも言えんよ。
177.
>>173
小堀遠州の三男坊の小堀遠吉の子孫の血脈らしいな。
178.
信就家系
真田信就
生没年:
父:信濃松代藩二代藩主 真田信政 宇右衛門、勘解由 1665-1694 寄合
妻: 勘解由
真田勘解由
生没年:
父:真田信就
真田信清
生没年:
父:真田勘解由
真田敬寛
生没年:
父:小堀克敬、母:大納言 勧修寺経敬
義父:真田信清
妻:
179.
真田昌幸の血は絶えているということか
激しく萎えた
180.
柴田勝家は妹の子勝政を養子に迎えているから柴田氏は女系で続いている
181.
北条時政
|
畠山重忠=女=足利義純
畠山は傍系で続いた
平姓から源姓にかわった
182.
秀次一家が生き続けていたら豊臣も傍系女系
>>180
今でも血筋は続いているのか?
183.
>>182
豊臣秀次の娘と真田幸村の息子の血脈が秋田に存在すると聞いた
184.
じゃあ女系のそのまた女系か?
185.
>>183
豊臣秀次の娘と幸村との間に生まれた三男の幸信でしょ
幸村が大坂で果てた二ヶ月後に生まれ、姉のなおの元に引き取られ、出羽亀田藩に仕えました。
186.
女系の女系なんて子孫のうちに入らない。
187.
あれ?????????
昌幸の血筋は絶えたんじゃなかったんだっけ???????
188.
斯波
189.
京兆細川
190.
真田信之の男系の子孫自体が存在しないの?
191.
榊原喜佐子さんの本だと喜佐子さんの夫の父は分家出身で先代の正室の娘と結婚して息子(20代で死亡)が生まれたけど
正室の娘は亡くなりその異母妹の側室の娘と結婚して喜佐子さんの夫などがうまれたらしい
192.
真田信之の男系子孫は存在しません。松代藩六代藩主幸弘の代で絶えました。
193.
二代藩主とか三代藩主辺りに遡れば流石に男系子孫はいるんじゃないのかな?
194.
>>193
夭折もしくは弟殺して自分も自刃とかで残らなかったようだ
195.
>>187
昌幸の血筋は続いている
ただ信之の血筋が絶えただけ
信繁の血統は続いていると思う
196.
血を絶やさない為に兄弟を東西に分けたのに、
東軍の信之の子孫が断絶し、西軍の信繁の子孫が存続したというのはなんとも皮肉な話…
197.
>>195
具体的な家系図って信繁系はわからないんじゃないの?
198.
>>197
子孫の方のホムペがあるし、
wikiにもある程度のってるぞ。
途中で他家から養子入ってるが、
最終的には分家からの養子で真田に戻ってるみたい。
ttp:/
ただ八代幸清の父真田信知の父親が誰かわからんから断言はできんな・・・
詳しい人いたら後は頼む。
199.
武田氏の場合、宗家は柳沢吉保の血筋(まあ甲斐源氏の遠流らしいが)
で、仁科盛信系は養子を繋ぐ事無く旗本として存続、維新後子爵になった人もいる
あとは米沢藩に仕えた信清系かな?
北条氏は狭山藩系は幕末に血縁の無い当主が養子として相続、某教団の会長さんもその系統。
で、たしか早川殿(北条氏康娘)と今川氏真夫妻の孫娘が吉良義冬(吉良義央の父)の母にあたるので、
今の上杉氏には女系で北条氏と今川氏の血も流れていることになる。
また、家康の側室養珠院(頼宣・頼房母)の母は北条氏尭(氏康弟)の娘(養女説もあるが)らしい。
200.
大内義興の上洛について、兵農分離はされてなかったはずだが、
どうして長期滞在ができたんだろう?
201.
すまん誤爆だorz
202.
>>199
佐竹と上杉は入れ替わってしまったね。
上杉は家は藤原で血筋が源氏。
佐竹は家は源氏で血筋が藤原。
203.
>>202
kwsk
佐竹は血筋も源氏では?
徳川系になってたはずだが
204.
>>203
上杉氏は本来は藤原氏の出自。それが謙信(=長尾景虎)が継いだ事で平氏の系統に
なり、さらに女系で景勝の血はひいているものの、吉良義央の倅(綱憲)が藩主となり
藤原氏の出自なのに当主が源氏の血筋になってしまった。
佐竹氏は新羅三郎義光の子孫だから、家柄は源氏だけど、室町時代に上杉から婿養子
をとった為に家柄は源氏だが当主は藤原氏の血筋ということになった。
205.
>>204
だから佐竹は上杉より本物の上杉なんだよね。
で、上杉は佐竹より本物の源氏。吉良は室町時代は足利将軍に次ぐと言われたくらいの名家だし。
206.
>>204>>205
佐竹の現当主は徳川義親の孫のはずだが
どこが藤原氏なんだ?
207.
>>206
別に本家の話してるわけじゃないし。。
208.
>>207
たしか今の秋田市長の佐竹敬久氏は佐竹の一族出身らしい。
209.
蜂須賀家はどうなったの?
210.
>>207
どこの佐竹家の話してるんだwww
上杉から養子が入ったのは本家じゃないのかよ
211.
>>210
湯沢とか角館とか大館とかもね。
南家の人のホームページがあったと思う。
212.
>>208
その人は角館の北家。
213.
>>1
おいおいおいおい。
藩祖の血を受け継いでいる大名家すら少ないぞ。
しかも女系はともかく傍系もなしで通してきた家はない。
214.
>>213
だよなぁ
しかしそう主張してもどの子孫スレでもなぜか
藩祖の血を受け継いでる大名がほとんどだ
って話にすりかえられちゃうんだよ。不思議な現象だ
215.
「藩祖の血」レベルならまあ普通にいるんだがな。
でも親から嫡子(または息子)への直系相続なんてそんなに続かない。
頑張っても3〜5代まで。そこで弟が継いでまた3〜5代続きというパターンなら、ままある。
政変政争があったのだろうという見方もできるが。
216.
ただ、鎌倉から続いているような名門を、出来星大名の倅が後をついで
もともとの血筋が絶えてしまうのが勿体無い気がしてならない
217.
>>215
むしろ直系子孫で繋いでる方が珍しいな。
長男が夭折した場合、次男以下を「直系」と解釈するか問題だけど。
218.
会津松平家調べてたら松平容敬(1806〜1852)まで保科正之の男系子孫なんだな。
この人が2代将軍秀忠の最後の男系子孫になるのか。
219.
>>217
今の日本人にとっては同じ家にいるのなら嫡庶を問わず
兄弟でも直系相続でしょ?なんていうところはあるわな。
大雑把というかある意味無茶苦茶なんだが、嫡長子が
継ぐのは実際かなり少なかったようだから、いつの間にか
そんなの許容範囲でしょという認識になってしまったんだろう。
220.
昔、この板の大名スレかなんかで、話題になったんですが
江戸時代の大名で、初代から明治まで直系相続(嫡長子でなくてもOK)だけで続いた大名はいるか?って話で
ほとんどそういう大名はなかった(当てはまるのがほんの1,2家くらい)だったと思う。
221.
>>220
純パーフェクトなら、大給松平家や五島家がいましたね。
222.
>
365 名前:日本@名無史さん [] 2007/
名門名家の養子相続について誤解があるようなので一言。
国持ちクラスの大名の場合、かなりの家が藩祖の男系子孫を明治維新まで維持している。
大抵の養子は支藩や分家から迎えているが、戦国時代まで遡った同族の家から迎えたり、
他家に養子に出た男系男子を呼び戻している例もある。
徳川、前田、島津、伊達、細川、浅野、鍋島、藤堂、山内、佐竹、南部、有馬、宗など、
いずれも一族内での男系相続で継承している。
備前池田は江戸後期に島津とか徳川とか、他家からの養子が続いたが、明治維新のときに
相良家から池田家の男系子孫を迎えて本来の池田家の血筋に戻った。
完全に藩祖と無関係の血筋になったのは、黒田、蜂須賀、因州池田くらい。
女系で血筋をつないだのは上杉だが、綱憲以降は吉良家の男系がずっと続いている。
本当でしょうか?
223.
>>221
大給(西尾藩)は最後の藩主が前藩主の弟。
五島は2代目が初代のいとこの子。
まあ藻前らここ見てから話そうぜ
ttp:/
224.
>>222
>完全に藩祖と無関係の血筋になったのは、黒田、蜂須賀、因州池田くらい。
ここだけが正しくない。
黒田らは確かにそうだが、いつの間にか末期養子の子孫に変わっていたり、
婿養子藩主の子でも藩祖の血を受け継ぐ正妻とは血縁が無い場合も多い。
225.
保守
226.
ほほー
227.
>>224
黒田も蜂須賀も因州池田も幕末の当主は、藩祖となんの関係も他人だ。
黒田は島津やら藤堂からの養子、蜂須賀は徳川家斉の子、因州池田は水戸烈公の子。
228.
>>227を訂正
× 藩祖となんの関係も他人だ。
○ 藩祖となんの関係もない他人だ。
229.
そういや宇和島の伊達も旗本の山口家から養子もらってるね。
男系でつながってるから。
230.
少しずれるが
最近は親から子への相続重視で男子がない場合は女子が継ぐことが多いような気がする。
とくに紀伊徳川がひどい
頼韶が早世した時女子しかいなかったので
頼宣の男系子孫は多くいたにもかかわらずそれらの傍系を無視し無名な家から婿養子を
もらうという失策を犯して
今では断絶同然
どうせなら分家伊予西条家から婿をとるべきだった
傍系や分家を差し置いてわけのわからぬ婿養子で家を保つというのは間違っている
231.
西条松平家は維新後、外様の小藩小出家から養子が入ってるから、
もはや徳川でも頼宣の子孫でもない。
戦後、紀州家の養子になった剛とかいう人は日系人だったはず。
232.
斉匡の子孫ならいる
233.
>>230
この国の家系は血筋とはまた別物。旧家で養子で継いでない家のほうが珍しい
それにその家が決めたことを間違っているとか間違ってないとか
他人が口を出す事ではないよ
234.
それよく言われるけど、大半の国持ち大名や譜代でも大きなところは、
極力、男系の分家や親族の中から養子を迎えてるな。
女系になったり、他姓の赤の他人になるケースってのは滅多にない。
だからこそ、女系になった上杉や他人になった黒田とか蜂須賀が目立つ。
ただし、幕末くらいになったら、男系が続かないところも出てきてるが、
まあ江戸時代の大半の期間は苦心して男系を維持してるところがほとんど。
そんなに安易に女系に
235.
移行してない。
236.
>>230
本来、家(の資産や家名)を継ぐだけなら、男子でなくてはいけないという
理由はありませんからね。でも江戸時代は「武士の家」であり「政治家の家」
ですから、無理矢理であっても男子に継がせなくてはならなかったのです。
現在でも、個人にとって目を通せる世代は精々±2世代でしょう。
そのなかで付き合いがあり話の通せる親族は限られてくるのです。
藩主だって同じことです。
弟や息子が多くない限り、藩主が指名できる後継者はそう何人もいません。
しかも藩主という政治家が勤まらなくてはならない。病弱だったり
出来が悪かったりしたらもちろん没。数は更に限られてきます。
>>234
伊達や島津の類は一門が非常に巨大ですし結束も強い。
そこへ、どこぞの婿養子を藩主にしても一門から支持されず叩かれるのは目に見えています。
最低、藩主の男系近親でなくては一門を納得させられないでしょう。
237.
逆に言うと、廃藩後は華族様とはいえ、領国の統治者でも君主でもなくなり、
家柄いいというだけの一市民になったから、誰が養子になってもよくなった。
まして、華族の消滅した戦後なら、生活水準も庶民なみになったので、なおさら。
238.
結局、江戸時代にそれなりの規模の大名家で男系が絶えるというのは、
幕府の都合による政治的理由とか、ほんとに男系の親族がいなくなったとか、
よほどの事情がない限りありえない。
小藩とか旗本クラスの武士なら、それほど男系にこだわってないケースも多いが、
それでも手近な男系の親族がいたら、普通はそっちが優先される。
239.
女系で何とか血統を維持しようとした大名の典型は米沢上杉家と言われるが、
吉良の息子の綱憲以降は、中継ぎの治憲以外は綱憲の男系を維持している。
むしろ、女系で延々血統をつなごうとしたのは秋月藩黒田家。
傍系で何とか血統を維持してきた大名は、仙台伊達家、長州毛利家、姫路酒井家など、
枚挙にいとまなし。
240.
>>239
治憲には正室を先代の娘にするのはもちろん妾も分家から与えて血筋は守ろうとしたようだ。
>>238
家斉の息子関係で男系が絶えてないのに・・・ というのはわりとあったようで
241.
>>231
外様の小出家から養子が入ったのは、西条松平家ではなく高須松平家。
御三家の連枝だが、紀伊分家ではなく尾張分家。松平容保の実家として有名な家。
容保の実父である松平義建のあと、容保の兄弟が相次いで相続したが、そのあと、
小出家から養子が入った。尾張家のスペアであり、将軍職にもなりうる家格だが、
明治維新で幕府がなくなったので、徳川の男系にこだわらなくなったのだろう。
242.
高須松平家(尾張分家)
松平義建のあと、義比(実子、のちの一橋徳川茂栄)、義端(義比の子)をへて、
義勇(義建の末子)が相続したが、維新後、園部藩小出家から義生が養子に入った。
西条松平家(紀伊分家)
幕末の藩主松平頼英(紀伊徳川茂承の兄弟)のあと、頼和(高松藩松平頼胤の子)が
養子に入り、水戸系の血統となった。
243.
西条は一条家に嫁いだ娘の子が継いでいる。
さらにその娘の夫の父は大炊御門家からの婿養子。
もはや大名の血筋ではない。
244.
華族だからいいではないか。
245.
蜂須賀侯爵家は戦後、女当主となり断絶寸前だが、
蜂須賀小六の血統そのものは家臣の家となって現存している。
現当主は蜂須賀弘行氏といい、ググればヒットする。
246.
大名の傍系相続だが、支藩だったり、同族の旗本だったり、藩内の一門だったり、
いずれもしかるべき家柄の男系の親族だから、なんの問題もない。
こういう家柄では、たがいに養子のやりとりをして血縁関係が入り組んでいるから、
傍系といってもけっこう近い血縁だったりする。
親子だけの直系相続だけでつなげていくなんて、天皇家ですら不可能だった。
大名が分家や一門から養子を取っても、何の問題もない。
247.
男系維持の観点からいえば、女系相続より傍系相続の方が違和感がない。
天皇家にしても徳川将軍家にしても、傍系相続で男系の血統を維持してきた。
248.
藩祖の血を引いていないが藩祖の傍系親族の血を引く大名
藤堂
高虎の血を引く五代目に子がなかったので
高虎の弟の子孫が六代目になった
249.
>>130
お江与の娘完子(父は豊臣秀勝・秀吉の姉の子)は、九条忠栄に嫁し
その血は貞明皇后まで続きました。
250.
>>249
貞明皇后ということは、現天皇家も継いでいるということ?
251.
>>249
貞明皇后という事は、現天皇家も継いでいるということ?
252.
>>250-251そういうことになるらしい
浅井長政━お江━完子(九条忠栄、改名後幸家室)━九条道房━待君(九条兼晴室、家付き娘、婿養子を迎える)━九条輔実━幸教━二条宗基━治孝━九条尚忠━道孝━節子━昭和天皇
※待君の妹は浅野家に嫁ぎ、子孫を残している
253.
>待君(九条兼晴室、家付き娘、婿養子を迎える)
九条兼晴の父は鷹司教平だけど、祖母は佐々成政の娘です。
鷹司信房・佐々成政娘━信尚━教平━九条兼晴〜〜〜節子━昭和天皇
254.
節ちゃんっていろんな血を引いてんだね
255.
女系でたどると意外な人物にたどりついたりするから面白いね。浅井家も
娘を通じて豊臣、徳川、前田、池田はたまた九条家や天皇家に血が継がれて
る。八丈島に流された宇喜多秀家の娘(逃亡中にできた子)も伯父の養女に
なって宮家に嫁いだ。たしか石田三成の娘が佐竹の側室になったっていう
話も聞いたけど、子孫は残っているのかな?
256.
>>255
佐竹じゃなくて津軽
残念ながら幕末か明治のころに近衛家出身の正室が
「アテクシの実家から跡取り養子迎えるんじゃ(#`Д)モラァ!! 」
・・・とごねたため、血統は断絶していたような記憶。
257.
>>6
>傍系から続いてる例で思いつくのは、マイナーだが丹南藩の高木家。
>分家の旗本が奇跡的なまでに実子相続を続けていて、幕末にそこから養子をもってきた。
>その後女系をからめて現在に至る。
>http:/
〜〜〜〜13正善─14正得=15正順─16信宏
高木正得(たかぎまさなり)の第2女子が、三笠宮崇仁親王妃・百合子殿下です。
258.
ということは高木正順の夫は百合子妃の姉妹?
259.
石田三成の娘辰子は津軽信牧の側室となり、信義を産んだとか 11代順承が吉田松平家からの養子なので既にそこで血脈はたえているみたい
近衛の姫の夫承昭は12代で細川家からの養子
>>258高木正順夫人は三笠宮妃百合子さまの姉、衣子さん
260.
何かと話題を近代以降の皇室につなげたがる皇室厨がうざくなってきた。
あと、「さん」づけで呼ばないとまずいような現代の私人に言及するのはキモイ。
261.
>>260
>>1
262.
津軽だったんだ。だいぶ前に何かの本で佐竹を頼って落ち延びたっていうの
を見た記憶があったんで…。ありがとう。
よく藩主に跡継ぎ息子がいなくて姫に他家から婿を迎えてるけど、なぜか
その後が続かないんだよね。そして結局よその女が産んだ子が当主になる。
そう考えると多少血は遠くても一門から養子を迎えた方がいいように思う
(歴史愛好家としては)。けど藩士にとっては仕える家があって御しやすい
殿であれば言うことなしだったんだろうね。一門から迎えるほうがやりにくい
こともあったかも。
263.
なにかというと系図関係のスレに現れて「現代の私人に言及するのはキモイ」
と言及することのほうがキモイ。
264.
>>255=
wikiなので当てにならないけど
満天姫 http:/
津軽信義(三成の孫) http:/
津軽信英(満天姫の子、信義の弟) http:/
三成の系統の方はいまいち出来が良くなかったらしい
まあ今ではどっちの血統も消滅しているわけだが
265.
>>264 わざわざありがとう。読みました!満天姫は腹の据わった賢い女性で
すね。信英も母の血を受け継いだのか、賢く立派な方ですね。信義は…37歳で
子供51人って(そこへ目がいくかってw)いったいどんな生活してたんだか。
けれど26人も息子がいて続かないのか。家を先祖の血筋で続かせるって本当に
大変なことですね。
266.
>>221さん、吉保系の柳沢家もいますよ
267.
>>265
信義の子で信政以外の息子は子孫残していれば可能性あります
あと信政三男の那須資徳は二男一女があるのでそちらにも残っているかも知れません
268.
>>267 なるほど、宗家には三成の血筋は残らなかったけど傍系や女系
では残っているかもしれないということですね。
12代承昭は細川家の出身だけど、それは先代か先々代の姫が細川家に嫁いだ
とかでその縁でだったようですね(血はつながってない)。姫が婿養子
を迎えてその実子が跡を継いだ例ってあまり聞かないのですが、ご存知の
方いますか。実子が姫でそれにまた婿を迎えたというケースでもいいです。
269.
>>268 12代承昭は先代順承の娘、常の婿養子として迎えられたが常が他界したため近衛忠熙の娘、尹子を後妻に迎えた
娘と婿養子の実子が家督をついだの例があるかは調べてみるね
270.
>>269 すみません。何気なく歴史読本を見たらいきなり出てきました。12代
承昭のあとは尹子の甥英麿が13代。そのあと尹子と承昭の娘寛子が尾張分家の
義恕に嫁いで儲けた息子の義孝(長男義寛は尾張分家を継いでる)が津軽家の
当主になっている(でも殿様ではない)。そしてその義孝が毛利久子さんと
結婚して儲けたのが常陸宮妃華子殿下。マイナーであまり特筆されないだけで
例があることはあるんでしょうね。私には紀州治宝の娘豊姫(旦那が転がり
こんで道楽三昧されて結局跡継ぎは側室の子)のイメージが強かったので。
271.
おせっかいですが、尹子に子供はいません 寛子は側室の所生です
承昭には2人側室がいてどちらが子供の生母なのかまではしりません
272.
>>271 えーそうなんですか。(歴史読本の)系図をみた感じでは承昭と
尹子の子みたいな表記になっていたので。でもまあ津軽家なのだから
近衛の血を継ごうが継ぐまいか、関係はないですね。承昭の島津の
血筋が寛子を通じて残ったということで。島津の血は強いなあ。
前から歴史読本ってまちがいが多いなって思ってたけど…orz
273.
>>272津軽承昭は細川斉護の子で生母は青野氏羅久、異母兄弟に韶邦(生母、比企氏美衛)護久(生母、興願院延 *元首相の護熙氏はこの系統)がいます
自分も歴史読本をみていますが、2004年10月号には承昭・尹子夫婦には子供ができなかったとあります(坂本寿夫氏著)
島津は…わかりません
スレチ失礼
274.
>>268
>姫が婿養子を迎えてその実子が跡を継いだ例ってあまり聞かないのですが、
前田家がそうですよ。
一人娘(なみこ)に群馬の(1万石だった)分家から婿を迎えた。
一人娘は息子一人を産んで無くなり、婿は酒井家から後妻を迎えて
産まれたのが(酒井)美意子さんです。
現在の前田家の当主は、先妻のお子さんです。
275.
明治以後の華族を例に挙げるなら尾張徳川家の18,19代当主もそうだね
但し、その遙か前に尾張徳川家は将軍家に乗っ取られ、
その後で分家から入った17代当主も分家自体が水戸徳川家に乗っ取られていたと言う・・・
276.
間違ってました。
現在の前田家の当主は、先妻のお子さんです。
↓
お孫さん
に訂正します。
277.
娘と婿養子の実子が家督をつぐというのは明治以降なら結構あるね
戸田家も氏共の娘米子に大河内家から婿養子氏秀を迎え1男3女を儲けたが息子が夭折、米子も若くして亡くなり米子の異母妹富子が後妻になりその間に生まれた氏直が家督ついでる
米子らの母が岩倉具視の娘、極子だけど
278.
今歴史読本の今年の6月号見ているけど父が婿養子で母が家付き娘の大名は一人もいなかった(大名という条件を除いたら池田宗政正室黒田藤子が唯一該当する?)。
まあそれ以前に母が正室の大名少なすぎ。会津松平家(保科家)なんて側室あがりの正室の子が一人いる他はあとは全員側室腹。
藤堂家も初代とあと一名を除いて全員側室腹。
鍋島家や岡山池田家はわりと正室の出産が多い気がする。
関係ないけど松平忠明娘で鍋島忠直正室で鍋島光茂生母の名前が「ムリ」なのは思わず吹き出した。しかも忠直は22歳で死んでるから「ムリ」は忠直の弟に再嫁している。
279.
>>277
1男3女を産んだのは極子のほう(米子は次女)。米子は4男2女を産んだが息子は4人とも若死している(2人の娘はそこそこ長生きしてるのに)。富子は結婚6年間で4人産んでいる。
榊原家も戸田家と状況が似ていて正室の娘が婿養子を迎えるも正室の娘は息子を産み死亡。婿養子は側室腹の異母妹を後妻に迎えまた息子が生まれる。ところが正室腹の先妻が産んだ息子は早死して側室腹の後妻が産んだ息子があとをつぐ。
前田なみ子の例は母も正室腹ということを考えると当時にしたら驚異的な事例?
あと酒井美意子の夫の父は阿部家からの婿養子で、美意子と夫の母は酒井家の姉妹。夫の父の父は浅野家からの婿養子だが夫の父の母は鍋島子爵家からの後妻。
その鍋島子爵家は後妻の姉妹が鍋島本家から婿養子を迎えその息子は堀田家や葉室家の婿養子になっている。堀田家の6男(ただし母は伊達家からの後妻)は尾張徳川家に婿養子になり、
葉室家の養父も万里小路家からの婿養子。その姉は堀田家の後妻で娘が鍋島子爵家から婿を迎え地震で死亡。
なんか自分でも訳わからなくなってきた。
280.
>>278 私も今月号は買って読んだが【ムリ】はうけたw
女系といえば徳川宗家がそうだね 家正の娘豊子が松平一郎に嫁いで生んだ恒孝氏が現当主 ただ娘と婿養子のケースではないか
津軽承昭の側室をついでにかいとく
1、田中彦四郎の娘 多津
2、伊勢屋万助の娘 阿弥
寛子や理喜子の生母がどっちかは昔から知りたいと思っているが未だにわからないorz
281.
経済力やら政治力を持ってないようなら
維持してるもなんもないだろ
282.
>>279そうだった Thx.
徳川元子著『遠いうた』を読んだのがかなり前なので勘違いしてた^^;
富子の生母は飯塚まさ
『遠いうた』には載ってなかったみたいなのでお礼にかいとく
283.
×島津→細川のまちがいでした。
幕末以前は、そもそも正室腹の当主が少なすぎるわけですね。たしかに
将軍家も15人中3人なわけで。けれど庶民の場合なら姉が死んで妹が
後妻に入るとか、夫が死んでその弟と再婚というのは昔話として聞きま
したが、(儒教の影響が強い)上級武士でも例があるのですね。
最近歴史読本買ってなかったけど、面白そうだから6月号買ってこよう。
284.
>>283 ごめんなさい
×今月号
〇先月号(6月号)
今月号は「検証 後南朝秘録」でした バック・ナンバーはあると思うけど
ここ数日このスレ盛り上がってて面白い!
285.
>>77
かなり遠いが確かに親戚だなwww
ちなみに江戸期の上杉綱憲は今川氏の女系子孫でもある。
もともと吉良と今川は一門関係だが、江戸時代初頭に婚姻を繰り返した。
そして今川範忠の外祖父が扇谷上杉氏定になるわけだ。
286.
>>283
上級武士どころか人臣最高の家柄を誇る家でも近世に
287.
女系ながら、黒田官兵衛の血統を唯一現代に伝えてるのが秋月氏。
288.
女系ながら、黒田官兵衛の血統を唯一残してる秋月氏。
289.
>>287-288
元岡山藩池田家・・・
290.
>>288
官兵衛の血は入ってないんじゃないか?
291.
日本じゃないけどオランダ(?)の三代連続女王はある意味すごい。
292.
大名ではないが皇室に近い旧伯爵家は3代続いて婿養子。それでもまた女の子しか生まれずまた婿を迎えるといっていた。
結婚したか、したとして男の子が生まれたかはしらないけど4代続いて当主が婿養子というのも珍しいと思う。
293.
昔は国王って国軍最高司令官でもあったわけで
今は儀式典礼のお飾り専門なんだから女でもOK
294.
それなら、ドイツやイタリアのように議会で選出する象徴大統領でいいよ。
衆院議長や参院議長を選ぶようなもんだ。
295.
象徴天皇は原稿を読むだけのロボットで、一切社会的な発言をすることはできないが、
英国王やドイツ大統領は象徴的元首とはいえ、公の場で社会的な発言ができる。
296.
天皇陛下は見かけによらず激務って本当?
297.
>>291-296
いい加減スレ違い。
>>289
継高の女系なら結構いるな。
>>290
藩祖は官兵衛だから、当然入ってる。
298.
>>296本当 特に祭祀は激務らしい。昭和天皇は何度か倒れたとか。元内掌典の人が書いた本が出てるけど半端でなく厳しい。
あと昭和天皇はお風呂が嫌いだったらしいがその理由は「すぐにスーツを着ないといけない」から
なにかと制約もされているし、私は自分が庶民でよかった、と思っている。
299.
>私は自分が庶民でよかった、と思っている。
この部分は余計では?
300.
大河内家(戸田氏秀伯の実家)
浅野家に嫁いだ姉恭子の息子(次男?)が継ぎ妻に養母(慶喜娘糸子)の姪を迎えた
301.
>>270-273
ものすごく古い本のPDFで尹子は理喜子を産み、英麿の留学がおわったら二人は結婚する予定というような文章を見たことがあるが本当なの?
ちなみに理喜子はその本で御年27歳と紹介されてたから理喜子の生年は知らないけど100年以上前ということが推定できる。
302.
>>291
もし皇太子(長男)が早世したら4代連続だもんね。
303.
藩翰譜って信用できるの?
304.
, '´  ̄ ̄ ` 、
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| |,,_ _,{| 「や ら な い か ?」
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305.
鳥取池田って地味に女系で繋がっているけど水戸徳川の血があまりにも濃すぎて断絶予定になってしまった。
306.
>>305 kwsk
307.
斉昭の息子と慶喜の息子が養子に入ったので、血統的には徳川クンだから。
308.
>>307
鳥取は初代も徳川家の孫として封じられたわけで岡山系の池田一族から養子もらうより藩の趣旨的には正しい。
まぁ岡山も徳川から養子もらってるけどな。
309.
他の池田家はちゃんと池田家の血筋なの?
310.
かなりの数の大名家がそうだろ
311.
『藩翰譜』に全幅の信をおくこと
到底かなひませぬぞゑ。
312.
逆に佐賀藩が凄い。
313.
尾張徳川家や鷹司家も鍋島の血だな(鷹司はスレチだが)
314.
>>312
1人も養子が入ってないんだよな
唯一じゃないか?
315.
島津もだし、1家だけの大名ならたくさんあるよ
316.
浅野は?
317.
浅野は途切れてる
318.
>>317
どこで?
319.
>>313
どこに鍋島の血が?
320.
>>313はいろんなスレで鍋島マンセーレスしてる基地外だよ
321.
浅野本家は途切れてない
>>313
鍋島直正―鍋島直柔―堀田正恒―徳川義宣
322.
1家だけならあるが、常に子が継いでる(兄弟相続除く)のは鍋島島津だけだろ
323.
意味不明
324.
>>323
アホだな
325.
>>322
実際には男子がかなりいるのに養子を後継に指名したという例も少なからずある。特に幕末。
「鍋島に暗君なし」「島津に暗君なし」…だったか、土地のものの自慢になっているそうだが、
跡を取れるレベルにまで息子を育てられた、という実績の裏返しだな。
326.
井伊家は絶対男系が絶えないよう幕府から厳命されてるから、子供が多い!
だから、最後まで男系で守り通した。
327.
>井伊家は絶対男系が絶えないよう幕府から厳命されてるから
つ ソース頂戴
昭和になってから遂に女の子しかなく婿養子になったね。>彦根井伊家
与板井伊家に至っては全く血縁にない人を養子に迎えた。
まあ、与板井伊家は江戸時代でも養子ばかりだったからナニヲイマサラというのもあるだろうけど。
328.
与板井伊家の当主の方はたしか、赤備えの研究をしている方で、
本を出してたはず
329.
そうその人>与板井伊家次期当主
元々は作家だった。
趣味が高じて甲冑コレクター、ついには祇園に博物館まで開いてしまうw
ある日その公式HPを覗いたら博物館の名前が変わっていてビックリ!
名前変更の理由を知って更にビックリですわ。
330.
赤備えの軍団て一種の経歴詐称だよね
331.
>329
もとの名は地名だけだったのかぇ?
332.
>>327
市長だった人は次男もいたというから次男のほうに男系子孫がいたりして
333.
彦根市長だった井伊直愛には井伊正弘という弟がいて、以前、歴史雑誌に寄稿していた。
334.
>>333井伊家の双子って直愛と正弘兄弟?
335.
>>333じゃないが Yes.
336.
>>335ありがとう
337.
津軽家 先代の外孫が現当主(西田家より)
338.
>327-329 遅レスだが
>最後になったが、井伊達夫氏は、平成十七年(二〇〇五)七月に旧与板藩井伊家の名跡を継がれ、
>中村達夫氏改め井伊達夫氏となられた。小生の名が岳夫だから、井伊達夫氏とは漢字でも仮名の
>音でも一字違いで、なんだか親子兄弟と間違われそうである。しかし、かくいう小生も、旧姓は羽中田
>(はなかた)といい、彦根市市史編さん室に職を得た後、平成十二年に現在の妻と結婚し、彦根井伊
>家の養子となって「井伊」を名乗るようになった。だから、初めて史料調査で井伊達夫氏とお会いした
>ときは、お互い「中村」と「羽中田」と名乗っていたわけである。そのときは現在のようにお互いに「井伊」
>を名乗り井伊直政を祖とする血筋の家をそれぞれ継ぐようになるとは思いもよらず、人生はわからない
>ものだと何とも不思議な感じがする次第である。
http:/
339.
毛利家(元就じゃないほう)
340.
よくわからんのだが、井伊家は彦根も与板もアカの他人が当主になったということか?
彦根の人は婿養子みたいだが、与板の人の「名跡を継」いだというのがよくわからん。
341.
>>340
そう全く井伊家と血縁のない人がそこの家族ごと養子になった形のようだ
342.
そんなのどこでもあったことじゃん
何を今更
343.
ところがそうでもない。
近世の外様大名の国主クラスでそうなったのは、上杉、蜂須賀、黒田、鳥取池田くらい。
備前池田は幕末に徳川家の血縁者に乗っ取られた時期が続いたが、維新後、池田の男系に復帰。
大部分の国持ち大名は支藩や分家、さらには過去に養子を出した大名・旗本からの養子を迎え、
なんとかして男系を維持しようと腐心していた。
早い時期に男系が絶えて、女系や他人になった上杉、蜂須賀、黒田の方が例外。
344.
譜代の名門でも酒井家などは一族が多いので、互いに養子のやりとりを行っている。
345.
>>343
外様の国主クラスだけでも、それだけの数があると思うのが普通じゃね
346.
そうかな?
幕末以前の江戸期の大部分の期間は、上記の3家以外は男系を維持できてる。
両池田が幕末で息切れした感はあるけど、備前は維新のとき男系にもどってる。
347.
側室制度もあり、分家も腐るほどいた国主クラスの大名が
女系になったのが三例もあるなんて多いと思うけど?
348.
蜂須賀や黒田は徳川一門の養子を、次々にねじこまれてる。
とくに蜂須賀の場合は家臣になった一門に小六の子孫はいたけど、
あえてそれを退けて高松松平とか将軍家から養子が入っている。
黒田も一橋家から連続で養子を送り込まれた。
349.
奥があって側室放題でも絶えてしまうもんなんだな
正室一人しかいない皇室に男子が生まれなくなったのも当たり前か
350.
実子がいても幼少に過ぎたりすると養子を送り込まれるケースもあるしね。
特に動乱の幕末になるとそうされることが。
また、幕府と結婚関係が一度できるとそれを糸口にして将軍の養子を(実子がいるにも関わらず)
ねじ込まれる場合もあり。
水戸家も斉昭という先代当主の実子がいるにも関わらず
家斉の息子の一人を押しつけられかけて騒動になったのは有名。
このスレではネ申クラスの島津家も島津斉彬の子供が次々夭死したことから
徳川家慶の息子の一人を養子として押しつけられかけたという話を聞いてびっくりした。
幸運にも?一橋家が男子無く断絶したので、その子は一橋家に行き、島津家は助かったわけだが。
351.
>徳川家慶の息子の一人
>一橋家が男子無く断絶したので、その子は一橋家に行き
勝海舟が少年時代に仕えていた、一橋慶昌が島津に養子入りしてた可能性があったのか?
352.
>>351
yes
ただ具体的な史料名はわかんないスマソ
この話をしてくれた人は芳即正さんの篤姫関連本を参考にしたようだから
その辺を読むと具体的な史料が分かるかも知れない
353.
蜂須賀家や黒田家は家系が目茶苦茶だな
ところで蜂須賀茂韶の最初の妻の父の蜂須賀隆芳は小六の血は引いているのか?
354.
家慶って子供たくさん作ったわりには成長しなかったんだよね。
跡継ぎもあれだし…。でも結果的に他の大名家にしてみれば
良かったのか。
355.
先祖を辿ると、意外なところで血縁があったりする
356.
現代の武田も傍系だな。本家はとうに滅びている。武田末裔を名乗るやつは怪しすぎ。
357.
一応、甲斐源氏の柳沢からの養子だがな。
358.
その高家武田氏だが、武田崇信の養子の武田信任って何者か分かる人いる??
359.
>>358
柳沢家からの人じゃなかったかと
360.
武田信任は遠山安芸守の五男です。
柳沢保恵の弟は14世信保です。
361.
>>360
保恵ではなく保承の弟
保恵は保承の姉の夫(婿養子)
362.
>>360
ありがとうございます。
遠山氏からの養子ってのは聞いたことがありましたが、やはりそうなんですね。
しかし安芸守ってのはいったい誰ですかね?
諱や素姓までお分かりでしたらお願いします!
363.
>>362
多分、浦賀奉行をやっていた旗本の遠山景高(明知遠山氏)
364.
>>362
ペリー来航時に働いた人で、あの遠山金四郎とは同族です
ttp:/
365.
360です。子孫の方(武田昌信氏)の寄稿文(『武田家臣末裔者録 武田家旧恩録』に書かれた寄稿文)を参照しても正確とはいえなかったですね(^^ゞ
>>361
親切に教えていただきましてありがとう
>>362、363
そうですね。状況から考えると遠山景高かその子景福のどちらかでしょうね。幕末ですので、寛政譜には載っていませんので、当時の文献等を丹念に調べるしかないですね。
366.
>>363
『寛政譜以降旗本家百科事典』を当たってみるとよろしいかと。
いづれも大身旗本なのですから見当はつくでしょう。
ところで、遠山景福って安芸守を名乗っていましたっけ?
367.
江戸時代に大名が養子をもらう時、範囲に制限はあったんですかね?
法的にはどこから養子をもらっても良いのかな?
368.
法的には、範囲の制限はなかったと思う。
でも基本的には近親者優先。
家斉が子供を次々大名に押しつけたのは有名だが、
それでも行き先は徳川家の縁者がほとんどなのはそれも理由だと思われる。
その辺のことは『お家相続』と言う本がズバリ「江戸時代の養子相続」ばかり書いているから
読んでみたらおもしろいと思う。
369.
>>358=
みなさん情報ありがとうございました。
寛政譜及び寛政譜以降旗本家百科事典で、遠山景高の出自を調べてきました。
景高は遠山家祖の遠山利景の血を、女系を2度はさみながら受け継いでいる人物でした。
ただ、景高の4代前の景昵の実父「松平隠岐守家臣遠山丹下景貴」なる人物が利景の男系なら、
男系でつながってるんですが、そこまでは分かりませんでした。
なお、景福は旗本家百科事典に掲載されていませんでした。
とりあえず報告まで。スレ汚し陳謝。
370.
>>368「お家相続」買いたいんですけど、出版社教えてたもれ。
371.
>>370
http:/
%E3%81%AE%E8%8B%A6%E9%97%98-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E9%81%B8%E6%9B%B8-%E5%A4%A7%E6%A3%AE-%E6%98%A0
%E5%AD%90/
改行したので、つないでアドレス欄に放り込んで下され
372.
わざわざ尼にリンクしなくても
お家相続―大名家の苦闘 (角川選書)大森 映子/
でいいんじゃね
373.
大名に娘しかいない。
弟もいない、おじもいない、いとこもいない。
高祖父の男系子孫で今は藩士になってるのがいるという状況でどうするか悩むよね。
婿養子を貰っても娘との間に子が出来るかどうか。
側室との間に子が出来てそちらへ継承されていくと男系でも女系でもなくなるし。
しかし、ほとんど他人みたいな高祖父の男系子孫に親しみもないし。
374.
親しみがなくても、他人同然の親類から養子をもらうのが基本。
将軍家自体、それで相続してるし>吉宗、家斉
375.
娘がいれば、その娘に婿を貰って跡を継がせます。
他人同然の親類を養子にもらうことはないです。
娘もいなければ、遠い親戚から有望な子供を養子に貰い、その奥さんも別な親戚から迎えます。
または、将軍家や幕閣の子供から養子を貰い、その養子の奥さんを親類から迎えることが多いです。
376.
>>371
>>372かたじけない。感謝!
377.
その娘婿というのが、男系の親族(支藩・分家・他家に養子に出た者の子孫)なので、
場合によっては「他人同然の親類」が婿になるわけだけど。
アカの他人を娘婿にして、完全に女系に移行することは小藩や旗本クラスならともかく、
政治的理由や幕府の意向がない限り、大藩ではまずありえない。
378.
一番多いのは遠い男系親類を婿養子にすることだと思う
>>375
>他人同然の親類を養子にもらうことはないです。
大嘘を言うな
379.
系図を見ていたら内田正美が正良という11親等離れた男系一族を養子にしてますな。
婿養子ではない模様。
というか内田という大名をしらなかった。
380.
そんなこと言ったら高木家なんて
381.
>>373
>高祖父の男系子孫で今は藩士になってるのがいるという状況でどうするか悩むよね。
この段階になると、藩内の政治的事情が考慮される。
藩主にとっては一門であっても、家老の子とかであれば周囲の反発を招く恐れもある。
しかし支藩の子とかだったら総じて周囲も騒がないので、当事者で話をつけて届ければいいだけなので楽。
お家騒動の種になるくらいなら、一門でも外にいる相応の家格を持った家からのほうがいいのだから。
もし嫁になれそうな年頃の娘が居るのなら、そいつを婿養子として迎えれば体裁が整うので問題なし。
>>375
>他人同然の親類を養子にもらうことはないです。
ないわけではない。(森家、内田家など)
でも、大抵はもっと優先順位の高い候補が居るから、こういう例は殆どない。
382.
>>377
普通、婿というのはアカの他人にするもの。
嗣子にするという前提の縁組なら一族の血縁が考慮されてしかるべきだが、そういうことはあまりない。
娘が生まれて育ち、成人になって婚姻させたのはいいが、気がつけば自分に男の子はいなかった
(あるいは早死にしていた)ので、その娘婿(の縁者)に任せることになった…ということもある。
女子が生まれたら、普通は男子も期待するもんだしね。
大藩で女系に移行しないのは、そもそも一門自体が大きいし嫁に出すにしても彼らと付き合わ
なくてはならない。一門の結束や総意、選択枝の多寡の問題に過ぎない。
付け加えておくが、藩主の正妻の縁者(弟や甥など)が、急遽嗣子に迎えられるケースは多い。
話をつけやすい、家格がつりあう、藩主の近親だから周囲も納得というところがその理由だと思う。
例え男系子孫が居てもである。幼弱だったり、成人していても虚弱だったりしたら後継にするのに
抵抗があるのは藩主だけではない。藩の体制が危なかったら尚更。
もっとも、こういう婿養子は大抵リリーフとしての自覚を持っているので、嫡子(つまり先代の
外孫)がいなかったら、先代の血縁者が後継に育ちあがったら去ってゆく。
383.
とはいうものの、大藩で非男系の縁者がリリーフになることはほとんどない。
むしろ、徳川一門からの押し付け養子の方が目立つ。
近世の大名系図を見れば一目瞭然。
384.
中小大名や旗本クラスになれば、アカの他人の婿養子や養子も少なくないが、
それでも男系の親類がいる場合はそっちが優先される。
譜代大名の酒井家を見れば、一族間(旗本含む)での養子のやり取りがさかんで、
酒井姓の各大名家では幕末まで男系が維持されている。
385.
系図上、一見、赤の他人の養子に見えても
実は女系の親類・縁者の場合もある気がす
386.
>>381
上のほうのレスでの「他人同然の親類」とは、誇張がすぎたかもしれないが、
内田家のような極端の例ではなく吉宗と家継くらいの親類のことである。
家継から見れば、吉宗は高曽祖父(秀忠)の兄弟(頼宣)の孫である。
吉宗のほかに将軍候補に名前のあがった尾張継友など、高曽祖父の曾孫である。
しかし、この程度のつながりの分家から相続することは珍しいことではない。
387.
中小規模の藩では、藩祖の血を引いてない藩主は江戸中〜後期以降
珍しくはないだろ。
とはいえ出来うる限り血縁のあるものor娘婿という形をとろうとしている。
ただ、娘婿にしたところで、側室の子が継いだため結局藩祖の家との血縁が
途絶えるケースが多い。まあ、こういうケースは江戸中期以降に目立ってくるが。
388.
>>387
どういうわけか江戸中期になると正室腹が激減するよね
389.
側室との間に産まれた子を正室の養子or実子にして届けることが増えたのと関係しているような気がする
390.
話が合わないなw
391.
正室腹の正室にハァハァ
392.
>>388
大奥でのややこしい制度が上級武家層に浸透したのと、
あとは唐渡りの白粉の普及が要因じゃないかというのをどっかのスレで見た。
なんでも、白粉に水銀が含まれていたらしく、しかもそれを当時の女性は
胸の辺りにまで塗っていたらしい。したがって上級武家層の子女は一気に
虚弱化したらしい・・・
393.
側室も白粉塗ってるわけだが
394.
>>393
上級武家層に白粉が普及すると、正室側室問わず
その所産の子供らは体が弱くなるだろ。で、問題なのは
そのなかで誰の生んだ子が成人まで生きるかって話。
実際問題、江戸中期以降の藩主は結構虚弱なのが多かったり、
子供が幾人か生まれても全部夭折して結局養子を取るなんてパターンも
多い。
395.
血が濃くなっていくから虚弱化していくんだろな
皇室なんかもそれで外の血を入れだしたわけだ
396.
>>393
正室は生まれたときから白粉まみれの生活をしている場合が多いが、
側室は成長してから白粉まみれになった場合もあるから、差はつくと思うよ。
397.
生まれた時に白粉なんて塗らないだろw
鉄漿白粉は成人・結婚後からだから正室だろうが側室だろうが条件はほぼ同じ
正室は血族結婚が続いて遺伝子が弱いんだよ
398.
正室になるような姫君は、本人が塗るまえに
生母・使用人が白粉まみれの環境で育ってるだろう
399.
子供の頃から水銀まみれなのに成人するって、すごい剛健な身体だな
400.
>>398
大名家の側室って、公家とか旗本からもらうのが多いから、成育環境は似たようなもんだ
401.
桑名松平家は?
402.
正室になるような姫君は生まれた直後から白粉まみれの乳を吸うんだよ。
403.
>>392
白粉に含まれてるのは鉛(鉛白)で、水銀は朱の主成分だったような…
どちらにしても身体には良くないですが。
404.
>403
うちのジイちゃんは鉛筆を舐め舐めしてたけど98歳まで生きますた。
405.
イズミ・シゲチヨさんはヘビースモーカーでしたが
百歳越えされました。
ちなみに好きな女性のタイプは「年上の女!」と言っておられました。
406.
きんさんぎんさんか
407.
質素倹約≒貧乏 な家風のとこは身分が高めでもOKってこと?
子どもの多い水戸徳川とか、貧乏な公家とか。
408.
スレタイ読め
409.
>>407
スレ違いだが伏見宮家もお忘れなく
410.
>>363
押し付けというよりむしろ積極的に手を挙げてもらう藩のほうが多い。
特に戦国発祥の大名家では度重なる国替えやリストラ、新規召抱えで
家臣団の横のつながりが細く家中の結束がゆるくなっている。
このような内部がずたずたになっている藩では
いつかお取り潰しがあるかも知れないという恐怖心から
先手を打って神君家康公のお血筋を世継ぎにしようというベクトルが働く。
主君押込めに近いシチュエーションといえる。
411.
>>410
誤爆でもなさそうだし、レス番違いかな?
412.
>>411
たぶん>>383のレス番違い。
413.
ho-
414.
どっかのスレで見たが岡崎信康の娘の家系が岡山藩主
415.
>>414
松平信康
長女の登久姫(峯高院)は小笠原秀政の妻、次女の熊姫(妙光院)は本多忠政の妻。
416.
>>415 まさに女系!
417.
臼杵の藩主・稲葉家・・・ガラシャの娘が産んだ当主の血が続いてるので
光秀・ガラシャの子孫。
418.
ガラシャの倅の子孫は実在しているんだが…
419.
>>230
徳川頼韶に女子なんていたのか?
知り得る上では死別(もしくは離婚)して子はなく
そのために日系人を婿養子にしたということしか…
420.
>>419
ところで現在の紀伊徳川家当主の女性とその妹には子ともはいるのか?
421.
立花文子タソと南部瑞子タソ
422.
んだすれ
423.
佐々成政の子孫って何でいるの?
江戸時代は旗本?
424.
熊本藩士では?
425.
参議員にいたな。
426.
胡散臭い、テレビのコメンテーターだな。
427.
オイラの実家がある津の殿様藤堂家。
曾祖母曰く、昔からいい殿様だったと評判で、
藩祖高虎公からたしか四代で嫡流が絶え、
幕末まで傍流が殿様だったとの事。
人が善すぎて没落していき、昭和初期には庶民と変わらない生活だったらしい・・・
428.
>>424
佐々友房?
429.
上のほうで真田の話しが出てたが
高家武田家は現在、昌幸、信之の女系の血統。
やはりこのスレで何回か話しに出てきている、柳沢家も真田の女系の血統。
5代藩主真田信安の娘が柳沢信鴻の正室に入り、2人の子供が保光。
以後、保光−保泰−保興−保申−保承となり、以後、また女系で現在に至っている。
また、保泰の娘・定姫は、家督を継ぐ前に亡くなってしまった真田幸良の正室に入っているが
幸良の子で9代藩主の幸教は定姫の子ではない。
(一部、定姫の子となっている資料も見た事があるが、大方の資料は違うとなっている)。
現在、松代にある真田邸は、この定姫の為に建てられた屋敷。
高家武田家は、柳沢保申の子・信保が武田家に入り、以後−昌信−邦信−英信と続く。
残念ながら、真田家自身は真田の血筋が絶えてしまっているが、
かつての主君である武田家に、真田の血が受け継がれているのは幸隆、昌幸にとって望外の喜びだと思う。
430.
真田家は宇和島伊達家の血統になってしまった本家の他に
越前真田家 昌幸の兄で長篠で戦死した昌輝の子・信正の子孫。福井藩士。
三木内閣、福田内閣で内閣法制局長官を務めた真田秀夫を越前真田家の子孫。
旗本真田家 昌幸の弟で大阪の陣で幸村を東軍へ誘った信尹の子孫。
仙台真田家 幸村の子・大八の子孫。仙台藩士。
真田勘解由家 2代藩主信政の嫡男信就の子・勘解由の子孫。松代藩士?。現在も松代に在住している。
があって、いずれも現在まで続いていて、仙台真田家は幸村の男系を主張しているが、一仙台藩士の家系なんてアテにならないと思う。
あと9代幸教の子・幸世が別家した真田男爵家もあるが、こちらは血統で言えば紀州系。ここも女系になってしまっている。
真田本家から他家へ養子に出たのは、いずれも4代信弘の子で、柳生家へ行った柳生俊峯と、本多家へ行った本多忠盈がいるが
俊峯は自身限り、忠盈は子の忠典で男系は絶えている。女系が残っているかは知らない。
431.
連投でスマンが
5代真田信安の娘が島原藩深溝松平家の松平忠恕の正室に入り、2人の子が松平忠馮で、
以後島原藩は、忠馮−忠候−忠誠−忠精と真田の女系が続くがここまで。
忠恕、忠馮は男子が何人かいるから、ひょっとしたらこちらに女系で残っているかもしれない。
真田は男系最後の6代幸弘のあと、7代幸専、8代幸貫と女系で繋ぎ、
幸貫も、松平忠馮の子を真田幸忠として養子にとるが、残念ながら亡くなってしまい、自分の孫の幸教に継がせた。
幸貫もなんとか真田の血統を残そうと努力したがダメだった。
432.
真田家わりと早いうちに男系絶えたな
433.
>仙台真田家は幸村の男系を主張しているが、一仙台藩士の家系なんてアテにならないと思う。
これはちょっと乱暴すぎんか
434.
仙台の真田はそもそも最初の大八が本物かどうかアレだからな。
公式には京都で石投げの石があたって死んだ事になってるし。
435.
たとえば石田三成の子孫=弘前藩士杉山氏なんかは三成の遺品だとかを
残してたけど、仙台真田家はそういうのは無いの?
436.
片倉守信については、信尹の孫として届けたはず。
でもまあ、真田幸村の娘が片倉氏の後妻になってるのでありえなくはないだろう。
仙台藩といえば、柴田外記(長宗我部元親の外孫)を匿ってたりするし。
北条氏も狭山藩主家と旗本家は途中で北条の血縁では無くなるが、女系だと
家康と築山殿の間に生まれた子の子孫、早川殿(今川氏真室)の子孫など、
かなり多い。そのかわり男系はさっぱり。
437.
仙台の真田は途中で傍系から引張ってきてて、これも怪しいんだよな。
たしかに家老クラスならともかく
ヒラの仙台藩士の家系図なんてあてにならないと言えばあてにならない。
438.
>>429
武田家は柳沢の血筋になってるのか
439.
柳沢の血筋になってるのは江戸中期から。
柳沢からは3度にわたって養子を迎えている。
440.
そういえば前に武田の子孫が柳沢、叩いてなかったけ
柳沢より家のほうが信玄に近いて
441.
そういう考え方が穴山梅雪
442.
>>440
そんな奴いたな
443.
けっきょく奴はなんだったんだ
444.
>>440
どちらの武田さん?思いつく限りでは、米沢系や仁科系かと・・・
445.
仁科かな?
446.
http:/
思ったが、婿養子をとった場合でも、その婿の跡を継いだ子の母親が
側室の子だったりして、結果としてもともとの家の血統が絶えるという
ケースもそこそこあるんだよね。
太田氏も堀田氏から婿養子とったが、その後を継いだ子の母親は「某氏」だし。
http:/
こういうケースって少なくないと思う
447.
>>446
うん。結構というか、かなり多い。
その系図では表現しようがなくて、繋がっているように見えたりするんだけれど。
448.
>>447
念の入れてる家は、正室との間に子供ができなかったり、正室が亡くなった場合、
分家や一門の家臣の娘を側室や継室にさせているケースもある。
449.
>>446
そのサイトをうpした者です。
確かに血統乗っ取りの事例はたくさんあって、うp作業の際にそれを反映しようかとも考えたんですけどね。
ちょっと系図がややこしくなってしまうので見送りました。
特に寛政譜以降は調べにくいですからね…
450.
>>446
有名なところだと岡山藩池田家と鳥取藩池田家あたりかな。
岡山藩のほうは、8代斉政までは男系で続いてきたが、
9代斉敏と10代慶政と11代茂政は婿養子。
婿養子といっても実質的には純粋な養子と変わらない。
斉敏の生母は鳥取藩池田家の出身だが。
12代章政は6代宗政の男系の玄孫だから男系が復活している。
鳥取藩池田家のほうも婿養子が入っているが、こちらは女系を考慮しても
池田の血筋は絶えているんじゃないかな?
文献を調べてみてもなかなか分からないけれど。
もっとも岡山藩池田家も鳥取藩池田家も両方とも確か現当主に子供が
いなかったはずだから家名断絶の危機にさらされていると思う。
451.
池田家はどっちも断絶しそう
452.
鳥取藩池田家は断絶確定じゃないかな。
現当主の百合子氏は養子を取る気なく
東京にあった墳墓も整理して鳥取にまとめたそうだし。
岡山藩池田家の方はどうするんだろ。
ちなみに大名ではありませんが同例(元華族で内親王を嫁にもらって小梨)の鷹司家の場合は
親族から養子を迎えて後を嗣がせているようですが。
453.
岡山は、鴨方に養子に行った13代詮政の子、政?eに政忠という人がいるらしいが、おそらくこの人の
子か孫を養子にとるんじゃないか。
後は近い血統といえば、女系になるが細川モリモリ首相の娘あたりをもらってくるしかないが・・・
454.
跡継ぎがいないのは大藩ではあと伊達、蜂須賀だな
あ、徳川も怪しいが…
455.
>>454
伊達さんみたいに、今も一族家臣が集まるような会があるところは
いいのかも知れないが(分家もたくさんあるしね)、蜂須賀さんみたく
ほとんど財産すっちゃった上に、分家もないようなところだとな。
(蜂須賀さんはもはや血筋は徳川氏だが)
456.
>>454
家越様・・・
457.
岡山池田は13代詮政の子、政?eが鴨方池田に養子に入っているが、
政?eの後を継いだ政忠は千束小笠原からの婿養子。
その千束小笠原には宇土細川から婿養子が入っている。
あと、文献を見ると岡山池田の現当主(16代当主)には
弟がいることになっているね。
伊達さんは跡継ぎがいらっしゃらないのか。
伊達家には男系を維持してほしいな。
どこか分家から養子を迎えることになるのだろうか?
系図を見ると現当主から2代前の当主に弟が4人いるようだね。
男系ではそこの子孫が一番近い。
他家に養子に入っている方もいるようだが。
458.
>>440-445
リアルでそいつが他スレに現れた時にやりとりを見ていた者なんだけど
信玄に近いというのではなくてこんな感じ
・武田宗家が養子を迎えていることから今の宗家は柳沢だろとわめき
うちのほうが本来の武田家に近い血筋だから何とかと言い出す
一門衆だったことや途中武田宗家から分家した家であることも暴露
↓
・スレ住民が状況から逸見・秋山・加賀美などではないかと推測。
しかし信玄時代一門衆であっても柳沢からの養子で継いだとしても
武田宗家は宗家だろという意見が多いことで悪態をつきだすが
書き込む内容から逸見にほぼ間違いないだろうとなる。
実際、あの人が本物かどうかはわからないけど書き込んだ内容からだと
米沢武田家や仁科家のように信玄以降の家の人ではなくて
信玄以前に武田家から分家した一門ってことらしい。
過去スレ見れないから探しようがないんだけど
家柄や身分を自慢する人がウザイみたいなタイトルの過去スレに
出てくるから見れる人は探してみるといいと思う。
結構、おもしろいやり取りだったから。
459.
そうそうそんな感じだった
あと柳沢家も一応、武田家の分家じゃなかったけ?
460.
逆に男系直系で現代まで続いてる家ってあるのか?
461.
柳沢家も武田家の分家だが、男系を指標に見れば武田家宗家とは
鎌倉時代初期に分かれているから、かなり遠い血縁。
武田家宗家の5代信光の子で6代信政の同母弟の一条信長の男系子孫が柳沢家。
武田家宗家の20代勝頼(1546〜1582)と柳沢吉保の祖父の柳沢信俊(1548〜1614)は
男系で28親等も離れている。
武田勝頼は信光の15世孫、柳沢信俊は13世孫。
男系での血縁で言えば、足利将軍家とその分家筋の熊本藩細川家(和泉細川家)くらい
離れている。
462.
>>460
大名じゃないけど、東本願寺はせっかく延々続いてきた男系が途切れそうだわな。
男系も残っているのに、政治的に少々難しそうだし。
463.
今は男系維持すること難しいだろうな
464.
>>463
まあね。現状は女系でも維持するの難しいし。(名家はいろいろめんどくさいので養子に来てくれない)
>>462
そこは女系どころか共和制になりそう
465.
大谷家は、そもそも女系が出発だろ。
466.
>>457
池田隆政氏には確かに弟がいたが夭折しているので実質一人っ子
467.
>>455
>>245でかかれている系統のほかに
(多分この系統は高松系のあとに藩主になるはずだった人物の系統ではないか)
18世紀末に分家があるので
そこらへんから後継者を持ってくるのではないか
>>353
多分そうだと思う
468.
両池田や蜂須賀、黒田などは将軍家や薩摩・加賀から養子をもらった関係で
後継者が絶えそうになってもそういうところからもらうことを考えて
いたのではないか
469.
>>466
そうなると、池田の男系で一番近いのは12代章政の兄弟の
子孫ということになるか。
章政の兄弟の相良家の子孫は男系で続いているのかね?
ちょっと気になったのだが、
http:/
の系図で、相良家は14代長福と15代頼基と16代頼紹を兄弟とし、
17代頼綱を15代頼基の実子としているが、
資料によっては14代長福と16代頼紹を実親子としているものもある。
470.
>>458
俺も見ていた一人だがその逸見?のあんちゃんは
レス内容もさることながら母親がその家の出というだけだから
余計住民にいろいろ言われていたっけw
俺的にはこのあんちゃんより、このせいでスレが荒れ気味だった時に
現れた武田の血筋末裔の、もう一人の方が気になっていたが。
スレの荒れた流れを変えた見事ぶりにマジモンじゃね?と言い出す
住民も現れたような人。
確かどういう家か説明していたと思うけどあいにく詳細は覚えていない。
471.
>>469
頼之の子供が長福、池田章政(次男)、頼基(三男)で
長福の子供が頼紹
頼基の子供が頼綱、島津久賢である。
頼綱には頼知他一男がいて
頼知には昭和初期〜戦前まで生まれた三名の息子がいるがここで系図は途切れている
ちなみに島津久賢は近衛忠房夫人の兄弟島津男爵の未亡人(別の島津男爵家出身)の養子になり
その長女と結婚するも一人娘しか生まれず
南部子爵から婿養子を迎えるもこれまた娘二人だけで
娘二人は他家に嫁ぎ次女の長男が養子(現当主?)になっている
472.
南部家からの養子て南部利克の子供かね?
473.
そう。南部利克の息子は色んなところの養子になっている。
474.
井上正鑑、鹿園直治、松平直鎮
確かに利克の息子はいろんな家に養子になってる
475.
南部伯爵家(三戸南部家)も一条公爵家から婿養子を取らずに、
分家の南部子爵家からでも養子を取ればよかったのではないかと思う。
せっかく43代当主まで男系で続いてきたのだし。
44代当主が婿養子で、45代が現当主で現靖国神社宮司の南部利昭氏。
476.
そうだね。利克には8人も息子がいたのに。
というか利克夫人銓子(水野忠敬長女)凄杉
銓子の妹の松平保男夫人進子も10人ぐらい産んでいるし
477.
8人とも母親同じなのか、それは凄いな
478.
>>469
池田家と相良家は今でも付き合いがあるのか
479.
どうなんだろう?
480.
昔らともかく今はあんまり付き合いないんじゃない?
481.
>>480
それでも華族同士での付き合いはあるだろうからなあ。
三春藩主の秋田氏も、一季氏のあとを、公家の藤大路家出身の美篤氏が継いでいるし。
大名華族の場合、一族の会とか、旧温会みたいなのがあるケースも結構ある。
482.
名家だといまでも旧華族どうしで結婚してるのかな?
483.
見合いならそうなるが、紀州家見てると、時代は変わりつつある。
484.
紀州家についてkwsk
485.
日系人のナントカ剛さんが婿養子
486.
>>483
そうだね。旧江戸城が居住地のさるお家はおいといたとしても
某摂家次代当主の相手も普通のリーマンの娘さんでこの人は
旧華族や名家の娘なんてお断りだと自ら雑誌の取材で答えていた
ぐらいだから、武家も公家も時代は変わりつつあるのだろう。
487.
ていうか、生活様式や交友範囲が昔とガラッと変わったから、
一般庶民の生活レベルになった小大名や下級公家の子孫じゃ、
もう華族同士の交際が続いてるかどうかも怪しい。
そうなると、周囲の身近な相手と結婚するのが自然。
488.
昔とちがって、みんな学習院に進学するわけじゃないし、就職先も千差万別。
かつての華族同士で固まってる機会なんて、そうそうないだろう。
489.
>>487
華族同士とも限らんが、上杉氏や伊達氏のようなある程度の規模になると
旧臣とかとの付き合いはありそう。相馬氏なんかは今でも毎年大将をやってたりするし。
ただ、地方の小名や奈良華族となるとそうはいかないだろうが
話は変わるけど、大村氏って江戸前期以降は男系は伊丹氏になるんだよね
490.
伊丹家の本家は改易になったけど。
血筋としては大村家に養子に入った子孫が大名として残ってるんだよな
491.
いまの大村家当主は前当主の女系の孫だけどね
492.
小出家と尾張の分家もあるね。
493.
女系で辿ると意外な人物の血を引いてたりして面白い
今川氏など、家自体は絶えたが血をひいてる大名はチラホラいたりする。
494.
>>493
上杉なんか、そうだね。
女系で吉良に流れていたが、吉良も改易され、その男系で上杉に脈々とつながってるし。
495.
当時の価値観で大事なのは血統ではなく家なんだけどな。
496.
>>493
信康や加納御前経由でも今川氏の血を引いているな
>>495
それはそうなんだけど、血統も重要視されているよね。
久留米有馬氏も赤松氏の血筋にこだわったし
497.
>>494
後他には北条氏康の血もついでいる
この血が後の上杉鷹山に覚醒でもしたんじゃないか
498.
>>497
鷹山は定勝の外孫の子で、秋月氏出身なので今川・北条氏の血は享けていない。
(ただし、女系で黒田如水の血を引いている)
499.
>>498
ん?定勝の外孫が綱憲で
綱憲→春姫→豊姫→治憲ですが何か?
500.
訂正です。
×綱憲→春姫→豊姫→治憲
○綱憲→豊姫→春姫→治憲
501.
国主クラスの大大名の場合、幕末まで男系維持が圧倒的に多い。
1.幕末まで男系維持の家系
加賀前田、薩摩島津、仙台伊達、肥後細川、芸州浅野、長州毛利、肥前鍋島、
彦根井伊、津藤堂、出羽佐竹、盛岡南部、宇和島伊達、柳川立花など
2.共通の先祖を持つ同族から養子が入った家系
久留米有馬(旗本石野家=赤松支流から)
3.幕末近くになって男系相続が途絶えた家系
備前池田(島津、水戸徳川から)、因州池田(前田、水戸徳川から)
4.女系相続した家系
米沢上杉(高家吉良家から)
5.全くの他人が養子に入った家系
筑前黒田(一橋徳川、京極、島津、藤堂などから)、阿波蜂須賀(高松松平、佐竹、将軍家から)
502.
5の備前池田に補足すると、島津からの養子は女系。
そのあとが実家の親類の奥平(やはり島津からの養子)からで、
さらにそのあとが完全に他人の水戸徳川から。
こういうパターンは一般的なものではなく、大大名全体の中では少数派。
503.
>>501
佐竹家は一時期、女系だったぞ。
幕末に男系に戻ったけど
504.
延岡藩内藤家は全部養子相続じゃなかった?
505.
土佐山ノ内も1に入るな。
506.
>>499
あ、すまん勘違い。綱憲の曾孫だからいいのか
>>501
真田とかも5番かな。
小大名だと、4,5は非常に多い。藩祖の血を引いていないケースもざら
507.
佐竹は室町時代に山内上杉から婿養子が入っているからそれ以降は
すでに女系になっている。
米沢上杉は山内上杉とは直接の血縁関係はないから他人からの養子だが、
上杉綱憲の実父の吉良上野介の先祖には扇谷上杉家の娘が嫁いでいるので、
綱憲以降は女系では上杉の血筋を引いている。
筑前黒田は真偽のほどはともかくとして、佐々木(京極)氏の一族を
称していたから、京極から養子に入った黒田治高については全くの他人とは
言えないんじゃないか?
508.
相良なんて養子養子で繋いで殆ど赤の他人に乗っ取られてしまったな
509.
>>508
「殆ど」はいらん。
自らの内紛が招いた自業自得の結果とは言え
見た目は「鎌倉時代の御家人から続いた伝統ある家系」
でも実は・・・
(しかも途中で連れてきた養子まで幕府お披露前に死んでしまい、家系を偽装工作)
510.
岩城のように、追放された当主の子孫が藩主に戻ってる例もあるが。
511.
>>508
それでも、はじめは秋月や鷲尾など血のつながりは無いながらも縁のあるところから養子を
とってるんだけどね。
それにしても相良氏は江戸時代通して内紛に明け暮れているし、血なまぐさい事件も
時々あったようだが、よく改易されなかったな。
512.
近世の国主級大名家の家系(>>501を改訂)
※出羽佐竹は近世は男系で継承している。米沢上杉は景勝を藩祖として考える。
1.幕末まで男系維持の家系
加賀前田、薩摩島津、仙台伊達、肥後細川、芸州浅野、長州毛利、肥前鍋島、
彦根井伊、津藤堂、土佐山内、出羽佐竹、盛岡南部、宇和島伊達、柳川立花、
対馬宗など
2.共通の先祖を持つ同族から養子が入った家系
久留米有馬(旗本石野家=赤松支流から)
3.幕末近くになって男系相続が途絶えた家系
備前池田(島津、奥平、水戸徳川から)、因州池田(前田、水戸徳川から)
4.女系相続した家系
米沢上杉(高家吉良家から)
5.最終的に全くの他人が養子に入った家系
筑前黒田(一橋徳川、京極、島津、藤堂などから)、阿波蜂須賀(高松松平、佐竹、将軍家から)
513.
こうして見ると黒田家と蜂須賀家の相続形態が大大名の中では突出していることがわかる。
514.
1の現在
加賀前田、薩摩島津、仙台伊達、肥後細川、芸州浅野、長州毛利、肥前鍋島、津藤堂、土佐山内、宇和島伊達、対馬宗(以上男系)、
彦根井伊(女系の男系平民?)、出羽佐竹(全くの他人で松平・大給経由の徳川氏)、盛岡南部(女系で一条・四条・醍醐経由の後陽成天皇男系子孫)、柳川立花(女系で勲功華族島村家の子孫)
2の現在
久留米有馬(幕末の男系子孫なのでそのまま)
3の現在
備前池田(男系復活も小梨)、因州池田(鍋島経由で女系復活も平民男系?になりしかも小梨)
4の現在
米沢上杉(幕末の男系子孫なのでそのまま)
5の現在
筑前黒田(幕末の男系子孫でそのまま)、阿波蜂須賀(幕末の男系子孫だがオールドミスの女投手)
515.
>>510
あれ確か伊達の当主の室の係累が養子に入ってて赤の他人とかいうオチだったような。
516.
たしか三沢氏から
三沢氏は戦国時代は尼子氏に仕えた一族
517.
三沢さんはガチ
518.
宇和島藩の伊達宗城の実家の旗本山口家というのは、どの系統だろう
牛久藩主に山口氏というのがいましたが、その分家筋でしょうか?
519.
どうだろ?
通字の「直」、石高3000石やら考えると山口直友の家じゃないかな?
この山口氏は丹波赤井氏の流れだったような。
520.
>>514
佐竹氏(出羽久保田藩)は24代(久保田藩6代)佐竹義真で男系が絶えて、
25代義明から29代義睦までは公家の高倉家の男系子孫(佐竹義宣の妹の子孫)。
30代義尭で佐竹の男系(厳密には山内上杉の男系)に戻っている。
現当主(36代)は先代(35代)の妻の甥だから全くの他人だが。
>>518
宇和島藩伊達家は5代藩主の伊達村候の次男直清が旗本山口直承の婿養子となり、
直清の男子が直勝で、直勝の男子が8代藩主の伊達宗城。
清和源氏頼季流の井上頼季(源頼義の男子)の子孫から葦田氏が分かれ、葦田氏から
赤井氏が分かれ、赤井氏から山口氏が分かれたことになっている。
伊達宗城の実家の旗本山口氏はこの系統。
大内氏の庶流で牛久藩主の山口氏とは関係ないんじゃないかな。
521.
旗本山口家は信濃国山口荘、発祥らしい
522.
件の山口氏は牛久藩主とは関係なさそうだな
523.
旗本山口家は今でも伊達家と付き合いあるのかな?
524.
保科正之の血統は、もはや女系ですら残ってないのかしら・・・?
525.
土井利勝の男系は断絶?
526.
>>524-525
養子がバンバン入っているし、しかも近年では跡取りがいないケースも多いし、無理ならざることだと・・・・
527.
土井家は養子入りすぎ
528.
藤堂家は高虎の血筋が絶えて
高虎の弟の血筋になってるんだよな
529.
山内と同じか
530.
山内の場合は初代当主が娘しかいなくてしかも地震であぼーん
側室もいなくて甥に継がせるしかなかったからね。
藤堂の場合は主君・秀長の養子だった高吉が秀吉によって干されかかっているところを養子にしたはいいが
その後自分も思いもかけず実子が出来て、やはり実子に継がせたくなり、高吉を干殺し同然の扱いに・・・ヒドス
その実子の系統があぼーんしてしまった。因果応報。
531.
>>530 高虎の家系は比較的長生き(男系は五代で途絶えたが)だが子供にめぐまれなかったね。
ところで名張藤堂氏って高吉の系統がずっと続いたの?
532.
名張藤堂家は公家の竹内家から養子が入ってたはず
533.
話は変わるが、
ちょっと前に中津城売却問題で、奥平政幸氏という人が出ていたが、
このひとはどこの系統の人なの?
「勝手に当主になりやがった!」みたいなこと言われてたけど
534.
>>531
竹内家から養子が入る前から本家筋になってる。
535.
スレチだが竹内家からの養子と跡取り娘って16歳も離れているな
536.
>>533
もちろん中津奥平家だが
昌邁┬昌恭─昌信=邦雄
└??─孝子
||=政幸
坂本一雄
こういう系図らしい。
この坂本一雄さんは前中津勧業代表取締役で、その近親らしい(旧姓坂本)政幸さんがその後取締役になったんだが、
孝子さんは「知らない間に私の養子になって奥平当主を名乗っている」として縁組無効確認を求めているとか。
まあ血筋は知らないが、元家老家か何かの人ではないかと思われ。
537.
奥平家なんだから、城の経営が赤字でも堀のタニシでも食べてしのげばいいのにね。
538.
菊池氏とか
539.
徳川宗家も家康から
現在投手まで続くが
途中に一郎が系図に書かれ
マヌケだ
540.
尾張徳川家って先代が確か堀田家からの養子だった気がするけど、どういう関係?
541.
キャラプレ
キャラクター投票中!投票よろしく!
http:/
542.
>>540
先々代の娘三千子さんの旦那
実父堀田正恒の実父は鍋島直柔なので今の尾張徳川家は鍋島の血筋
宇多源氏と称するも事実は肥前の土豪・・・
しかし徳川も清和源氏を自称する三河の土豪だったな
543.
孝子さんが婿とって息子でも産んでおけばこんなことは起こらなかったのに
544.
奥平家なら女系で続いているのは、大給松平家(西尾藩主家)と
松平奥平家(小幡藩主家)がある(中津藩主家系)。
他には井伊家から養子に行った多古藩主家(忍藩主家系)。
本家の当主が他人になっても途中で養子に出した先の家で元々の
男系が続いているのが結講あるね。
某スレに光臨した織田信考さんは、内田、平野、山崎の三家の男
系で女系なら黒田官兵衛の血も引いている。
545.
織田孝一さんは信長の血はひいてないの?
546.
>>544
北条氏もそうだよな。
上杉氏など、男系では吉良氏の血を引き、女系では長尾・今川・北条・武田の血を引いていたり。
547.
>>546
上杉って吉良の後にも養子で変わってないっけ?
548.
ヨーザンが養子だけど、ヨーザンは先代の実子を養子にして譲った。
逆に実子がいたのになぜ養子のヨーザンに譲ったのか不思議
549.
養子が先代の実子に譲るってのはよくあった話で。
鷹山の場合、息子が先代の実子の養子になってるけど早世しちゃったから…
550.
>>548-549
鷹山(治憲)が養子に決定した時点では
先代藩主に男子の実子がいなかった。
その後の経過は>>549の言うとおり
551.
ってことは男系は吉良で続いてるってこと?
とすると今川義元と吉良義央の男系子孫になるのか?
552.
今川義元─氏真─吉良義定室─義弥─義冬─義央─上杉綱憲─吉憲─重定─勝熈─斉定─斉憲─茂憲─憲章─隆憲─邦憲(現当主)
あるいは
今川義元─氏真─範以─吉良義弥室─義冬(以下同じ)
吉良義央の男系子孫だが今川義元の男系子孫ではない
553.
>>552
?d
義央は義元の男系だと思ってたが、違ってたのか。
554.
今川氏の男系子孫ってどこかで続いているの?
555.
現代は知らないが品川が維新まで続いてる。あとは瀬名あたりが案外養子に迎えてたりはしないかな?
556.
品川って維新まで男系で続いてたっけ
今川は
http:/
維新まで続いてる。
ちなみに範叙で断絶してます。
557.
品川は
高家前田→竹中→松平→戸田
で男系は続いてないな
女系でも続いていない
558.
田代まさしが今川家の子孫って本当?
559.
有名なガセネタ
560.
>>557
松平から2回養子が入ってるけどどこの松平?
561.
http:/
これは大給系みたいだな
562.
>>558
今川家臣に田代がいたってだけ。
瀬名と堀越はどうなんだろ。
563.
どっかのスレで見た系図では西尾安信の子孫が、庄内藩主だかの一族の酒井氏を経て、田代家に養子となって・・・
というのが紹介されてた
564.
これな
378 :日本@名無史さん:05/
今川義元−今川氏真−西尾安信−酒井忠宇(庄内藩士)−酒井忠寧−
石野信政−石野信和−石野信一−石野三和−石野宗孝−田代文兵衛−
田代文也−田代孝明−田代和政−田代政
脈々と受け継がれる今川の血筋。田代政さんは芸名田代まさし、
1980年シャネルズでデビュー。
その後グループ名をRATS&STARに改名、現代に至る。
西尾安信は氏真の三男か四男だったと思う。その子供が庄内藩主の一族の
養子になってる。
その家の五男が石野姓をなのってて家紋は先祖にちなんで二つ引両。
石野家の子供が田代家(剣術師範)に婿養子に入った。
565.
これ本当なの?
566.
嘘
567.
>>460
>逆に男系直系で現代まで続いてる家ってあるのか?
土方家がそうだよ
568.
直系直系いうけど、今一番に輝いているうちが直系を名乗ることが多いし、
代々仏壇を守ってきた二男一族が勝手に直系を名乗っていることもある。
基本は長男家でしょ=嫡流。
569.
>>567
http:/
どこが?
570.
>>568
嫡子の系統が嫡流だろ。祭祀を継承しない嫡子なんているのかね?
祭祀を継承したのが次男ならそれが嫡子で嫡流だろ。長男であっても関係無い。
571.
後妻に子が出来てそっちに家継がせたいので長男は分家させたとか昔からよくある話で。
572.
真田信之の子孫を探しています。ご存知の方よろしくお願いします
573.
信之の男系は断絶したんじゃなかったけ
女系では残ってるらしいけど。
574.
現在の真田家当主は女系で信之につながるのかな?
575.
>>574
真田家現当主は、宇和島系の伊達政宗の男系の子孫で、昌幸信之との血縁関係は全くない。
仙台へ行った幸村の子孫は幸村の男系となっている。
女系で真田となると武田家は信之の女系。
柳沢、一柳、島原の深溝松平も信之の女系で何代か続いたけど途切れた。柳沢は今でもそうかもしれない。
江戸末期、深溝松平から女系の跡取りを養子に取ったけど、早世してしまった。
576.
女系でも一切繋がらないのかな?真田家現当主
577.
>>575
柳沢家は真田信弘の孫にあたる保光の子孫が続いているので、女系では
真田氏の血を引いているみたいだな。
松代へいくと、今も小山田家や真田勘解由家の子孫の方が武家屋敷を
引き継いでおられるが、勘解由家も根津家から養子が入っているらしい
578.
>>576
たぶん繋がってない思う。
579.
>>576
全く繋がらない。
女系もはっきり分かっているのは、柳沢と柳沢から養子を迎えた武田のみ。
武田は、柳沢、真田とかつての家来筋からの家系になってしまっている。
幸村の子孫は男系らしいけど。
せっかく東西に分かれてお家を保ったのに、子孫は残せなかった。
>>577
勘解由家は立派な武家屋敷を今に残しているよね。
あの近くに現当主の別宅もあるんだけど、拍子抜けするくらい極々普通の家。
知らない人は勘解由家を現当主の家だと勘違いして感心していくらしいけど。
580.
真田は分家の沼田が改易になってしまったり
信之の子孫で旗本を出せなかったり
スペアの家系が作れなかったのが痛かったな
本多家や柳生家に養子を出したりもしたけど、後が続かず男子を残せなかった。
581.
沼田藩の場合は悪政で改易だから仕方ない
582.
大名でないが米沢武田は
男系で繋がってないの?
583.
>>582
本庄家から養子を取っている(ただし、母方では武田信清の血を引いている)。
584.
真田は明治維新の時点で信之の女系が当主だったのは
大和郡山の柳沢、越後三日市の柳沢、高家武田の3つだと思う
いずれも真田幸弘の娘と柳沢信鴻の子である柳沢保光の子孫
大和郡山の柳沢、高家武田は現当主も信之の女系だが
>>2でもあるように郡山の柳沢は更に女系となり今は女系の女系となっている
三日市の柳沢は現当主が信之の女系の血を引くかどうかはわからない
585.
>>583
ありがと
昔、武田家の人々?
で系図みたけど忘れちゃったので
m() m
586.
http:/
587.
武田信玄の次男・竜芳の男系子孫は現在いるの?
信玄公祭りなどに参加する武田家当主の方は他家からの養子の子孫だとの事で、信玄の男系子孫ではないらしい
588.
伊達家の家臣となった真田信繁の子・大八の家系って
途中から養子が入って信繁の男系は途絶えたんじゃなかったかな
589.
>>587
いない。跡を継ぐべき男子が早死にしたので柳沢氏から養子を取ったわけで。
>>588
男系が途絶えた後、分家から当主をもらっていたような。
590.
えー武田家の当主面してるあの人って信玄の子孫じゃないの?
信玄の男系子孫って存在しないのでしょうか・・・
591.
家が断絶することってありそうでないんだよ。
歴史に残る騒ぎを起こす男の種は必ず確保する連中がいるのだ。
592.
同じ苗字のまんまでずっと続く連中がいるのだ。藤原とかさ。
逆に毎回、苗字が変わるトラブルメーカーな男たちがいる。
593.
>>590
「当主面している」って…
現実に祭祀をやってきた武田家の当主なんだから、
そーいう面しててもいいじゃない。
どーせ血脈なんか変わるもん。
594.
>>590
こいつきめぇ
595.
信玄の男系を残せたのは龍芳でも米沢の武田でもなく仁科って事?
それとも龍芳の家系には信玄の男系を維持できた分家などあるのでしょうかね
596.
今川義元の男系って現在でも残ってるの?
597.
>>596
嫡流は断絶したんじゃなかったけ?
598.
>>569
その木下俊直は6代藩主雄端の3男で、旗本の木下家へ養子に行った。
だから9代藩主の義苗は雄端の孫。男系で継続しているよ。
8代藩主雄貞は田沼意次の子で、一旦男系は途絶えるものの、
雄貞には子供がおらず、再び男系の土方家に血筋が戻る。
599.
>>596-597
明治後期か大正時代に断絶したよ。
傍系もいるかどうかは不明。
600.
>>595
ないよ確か。
>>596
女系だと今川氏の子孫って、けっこう居るんだけどな。
601.
信玄ってあんなに子だくさんだったのに、男系の子孫はいないのですか・・・
みんなどこにいっちゃったんだろ
602.
名字なんか一時変えても20年ぐらいしてまた元の苗字に戻ればいいだけ
簡単無辺
さぁ〜ておれの代で分家の分家を作るぞ〜。おれは種馬か?
優秀な卵子募集中!
603.
>>601
それを言ったら、子沢山だったのに一人しか成人できなかった大室寅・・・
604.
>>598
>>460の趣旨は、藩主の嫡男が次の藩主になる、ということがずっと続いた家はあるのか、ということだろ。
男系だけで続いてる家なんていくらでもある。
徳川も前田も島津も伊達も、宗家は男系で続いてるわけで。
で、土方雄志は男系でどうつながるの?
605.
マジで信玄の男系は途絶えたのか?
606.
>>605
熊本藩士の岩間氏はどうだろう。
武田義信の子孫を称してるらしいが…
607.
信玄五男の仁科盛信は男系を維持できたんですか?
608.
仁科家は今でも男系らしいけど
ただしソースがwiki
609.
>>603
日本屈指の子沢山の徳川家斉の男系もほぼ全滅だしな
610.
>>609
津山松平家がある。
611.
>>130
秀忠って長政とお市の子だったんだ??
じゃあ秀忠は家康の養子になって将軍になったのかい?
すごい人生だなw
612.
井上正春の母って、真田幸弘の娘かしら?
だとすれば、井上氏も女系で真田信之につながってる?
613.
父親の評判的には期待しないほうがいいかと。
614.
強淫大名のことか
615.
仁科盛信の次男・信貞の系統は信玄の男系を維持したまま江戸時代を乗りきり明治に武田へ復姓
血筋でいえばこちらこそ武田氏嫡流だろ。甲府にいる武田家当主は信玄と血のつながりないし
616.
真田信安→娘(建部政賢室)→建部政醇→娘(小栗忠順室)
小栗上野介の正室は女系で真田家の血を引いている
617.
ということは小栗かずまたは真田の血を引いているのか
618.
これが16歳の五徳か・・・( ゚ Д゚)
619.
>>604
伊達さんとこの今の当主は娘2人なんだろ?
まあ、政宗の男系なら、それこそ真田とか山ほどいると思うけど。
娘2人がどうお家の歴史を受け止めてるかだな。女の方が我がままだからな。今は。
620.
>>604
嫡男だけの男系で継続しているなんてまず有り得ないよ。
その理論だと天皇家も直系ではないから。
621.
>>604
土方久徴の説明になるが、
菰野藩主の弟で旗本幕吏(分家近江の部田一千石)土方久己の二男。
次男の土方雄武は本家の土方雄志の養子。
雄志も雄武もこの分家の久徴の家から出て本家の跡を継ぐ。
だから男系で継続している。
現在は知らないよ。側室制度がないから男系で維持するのが難しい。
622.
>>183
秋田ですけどうちのお隣さんが真田幸村の子孫だそうですよ
623.
>>621
分かって書いてる?
土方雄志の父親である土方久己が、土方雄氏の男系子孫だということまで確かめたのか、というのが質問ですけど?
624.
>>622
それは、御田姫の弟・真田幸信の家系ですね・・・。
まだ続いてたんだ・・・。
625.
横槍入れてすまんが…
土方久己は菰野十代藩主の娘婿で半三郎家の人だったと思う。
半三郎家の初代は同三代藩主の次男久長だが、確かこの家、一度養子が入っていたかと…
626.
真田幸村の二男・大八を祖とする仙台真田家も現当主の爺さんまでは男系だったが、
ここで男系が絶え、姉夫婦の子が養子に入り、その子が現当主。
>>624の幸信を祖とする三好家も現存しているが、女系らしい。
あと讃岐真田家というのもあり、これも現存している(女系らしい)が、
これはそもそも幸村が大阪後に讃岐へ落ち延びてからの子供が祖であり、出自はかなり怪しい。
秀頼とともに薩摩へ落ち延びた説もあり、これな真江田(まえだ)家を名乗っている。
幸隆、昌幸のDNAを受け継ぐ真田の男系は間違いなく絶えていると思われ。
真田一族の系譜については真田六文会(一族会?)というのがあり、調べ尽くされている。
627.
>>623
だから久己は藩主の弟。
どの藩主かは把握していないけど、雄興か雄嘉の弟だと思う。
それぞれ兄弟いるから分家に養子入りしていても不思議ではない。
いずれにしろ、田沼の養子以外男系の藩主で来ているから、
その藩主の弟(田沼の養子は有り得ない)の系統だから。
>>625
半三郎家が旗本で土方分家の近江部田一千石。
628.
>>627
本当に意味分かってる?
>>625氏も書いてるように、旗本土方半三郎家は藩主(土方豊高)の弟の家なんだけど、その家に養子は入ってませんか?と聞いてるんだぞ?
ちなみに土方久己を「土方雄興か雄嘉の弟」だと書いているが、俺が調べた限りそんな情報は見つからなかったし、そもそも土方久己は雄興の女婿だ。
久己が雄興の弟なら叔父姪で結婚したことになるし、雄嘉の弟ならきょうだいで結婚したことになるわけだが、その情報は本当なのか?
「雄嘉の妹婿」を「雄嘉の実弟」と勘違いしてるんじゃないのか?
629.
>>264 >>268
亀だけど、津軽家は支藩の黒石藩最後の藩主・津軽承叙が
津軽信義の血を引いてるはず。
承叙は臣下に下っていた津軽一門からの婿養子で
その家の祖は信義・信英兄弟の異母弟信隆だけど
途中で黒石津軽から養子が入っている。
黒石津軽は
信英−信敏−政たけ=寿世(信義の息子(弘前4代信政)の息子。妻は政たけの娘)
で、この寿世の息子(母が信英の血を引く政たけ娘かは
未確認)が信隆の家に養子に入ってその末が承叙。
そもそも宗家の弘前藩の方は、承叙の兄が婿養子になって継ぐ
方向だったんだが肝心の承叙の兄が早世して、承叙は「弟が
兄の婚約者と結婚するのってどうよ?」という理由で却下されたとか。
630.
>>629
ただ、過去2chの方々が作った「現代まで云々」によると、
津軽類橘のあとを池田家出身の人が継いでる。
631.
福岡黒田家の血筋が絶えたのは城井鎮房の怨念のせい?
632.
>>631
そんなわけない
633.
怨念で血筋が絶えるなら戦国武将のほとんどが駄目だね
634.
伊達なんか数十回断絶してもまだ足りない
徳川なんか(ry
635.
織田家なんかも
636.
>>622
ほぅ…珍しい。関白秀次の子孫か…
637.
>>630
ああ、そうなのか。そこまでは調べてなかった。
ちなみに、池田ってどの池田かわかりますか?
638.
>>637
池田忠雄の子孫にあたるみたい。
詳細はこれ参照で
ttp:/
一番確実なのは、津軽家の資料か、華族関連の資料にあたってみるのが
良いと思う
639.
>>619
あれだけ大きな家だとよほどの事がなきゃわがままは通せないだろうね…
後継ぎませんとか言ったら一族会議で吊るし上げくらいそうだし
サンドウィッチマン伊達がデビュー時父親に「伊達の名を名乗るな」と怒られたとか
真田家の子孫の方も娘さんが婿取らなきゃ断絶なのかな
640.
>>639
一族どころか家臣会みたいなのもあるようなとこだと大変だよね。
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